March 9, 2017

Ⅴ 窓の犯罪学

原田 豊 (科学警察研究所犯罪予防研究室特任研究官)

社会学者ジンメルによれば、窓のもつ「原理的な意義」は、第1に外界との一方向的な結合 (「内」から「外」へ) を媒介すること、第2にもっぱら「目のための通路」となることだといいます。

ところが、その「原理」に反する行為もあります。それは、下図のようなものです。

つまり、「窓」の役割についての社会的な合意に反する行為が「逸脱行為」なのであり、それが (フォーマルな) 処罰の対象となる場合には「犯罪」と呼ばれるわけです。

侵入口としての窓
実際、警察庁の統計によれば、住宅対象の侵入窃盗の「侵入口」として、住宅のタイプによらずつねに「窓」は第1位を占めています。いわば「外から内へ」の「目のためだけでない通路」を求める人々にとって、窓は格好の「目の付けどころ」となっていることがわかります。

「防犯環境設計」への着目
そこで、このような「侵入口としての窓」への対策として、窓の物理的な防犯性能を高めることを目的とした、官民合同のプロジェクト (http://www.npa.go.jp/safetylife/seianki26/theme_b/b_c_1.html) などが実施され、一定の成果を上げてきました。

しかしその一方で、このような物理的な防犯対策は、「内と外とを結合する」という窓のもうひとつの役割を阻害し、「安全・安心」の名のもとに人々の住まいを「要塞化」してしまうのではないかという懸念もあります。

メタファーとしての「破れ窓」
犯罪学の分野では、このような物理的環境としての「窓」だけでなく、メタファーとしての「破れ窓」という考え方も、近年有力になってきています。

たとえば下図のように、ゴミのポイ捨てや落書きなどの小さな不法行為を放置しておくと、それがだんだん広がり、やがて住宅の「破れた窓」が修繕もされず、それに誰も注意を払わないような状態になります。さらにそれがコミュニティ全体の治安維持能力の衰退につながり、悪質な犯罪や犯罪者を地域に呼び込むことになる、というのが「破れ窓理論」の考え方です。

この「破れ窓理論」はもともと、アメリカなどのスラム街の状況をうけて提唱されたものですが、それに対してどのような対策を取るべきであるかについては、さまざまなに異なる議論があります。

ひとつの議論は、「ゼロ・トレランス」といって、警察などがどんなに小さな不法行為も見逃さず、厳しく取り締まるべきだというものです。しかしこの考え方が行き過ぎると、過剰な取り締まりに対する市民の反発が生まれたり、人種などによる差別的な取り締まりを誘発したりする恐れがあり、実際に最近のアメリカではこれが大きな社会問題になっています。

私自身は、このような公的機関による取り締まりの強化よりは、市民自身が「自分たちの知恵と力で、身近な安全を守る」取り組みを、警察などの専門機関が側面支援するようなかたちで進めていくほうが、より望ましいと考えています。

地域住民による「自主防犯活動」の隆盛
実際、この十年ほどの間に、下図のグラフのように地域の方々による「自主防犯活動」が各地で行われるようになってきています。

  • 防犯ボランティア団体数・構成員の推移(都道府県警察を通じた調査)

ただし、こうした活動の中心は屋外での移動を伴う活動であるため、その実態を把握したり、関係者の間で情報を共有したりすることがこれまでは困難でした。

『聞き書きマップ』の開発
そこで私たちは、近年普及が進んでいるGPS受信機などを活用して、安全点検まちあるきなどの結果を簡便に地図化する『聞き書きマップ』というパソコンのソフトウェアを開発しました(http://www.skre.jp/KGM_3100_top/KGM_top.html)。

平成27年度には、文部科学省によるモデル事業の一つとして、『聞き書きマップ』を使った小学校通学路の安全点検マップづくりがスタートしました。モデル校となった小学校では、子どもたち全員が「3つの小道具」(GPS受信機・ICレコーダー・デジタルカメラ)を使ってフィールドワークを行い、読み込んだデータをプリントアウトして安全点検マップを作りを行いました(http://qzss.go.jp/news/archive/gis_161018.html)。

『聞き書きマップ』で記録したデータを汎用的な地理情報システムに取り込めば、多数のグループによる「まちあるき」の全体像を俯瞰する大きなパノラマ窓ができあがるのです。

これによって、身近な地域の安全点検などの結果を、手間やお金をかけずに地図の形にまとめて関係者間で共有できるようになります。地域の現状を、ある意味「パノラマ的」に「見える化」するツールとして使っていただけるのではないかと考えています。

今後はこの『聞き書きマップ』をさらに改良していくとともに、その普及を図り、地域社会の状況を踏まえ、関係者が連携した課題解決へとつなげていければと考えています。

結論
最後に、私なりの結論を述べるとすれば、 (メタファーとしての) 「破れ窓」の修復とは、人々をつなぐ、連携の「窓口」づくり、もしくはそのための「糸口」づくりなのではないかと考えている次第です。

 

原田 豊/Yutaka Harada
1956年大阪市に生まれる。学術博士(犯罪学)。専門は犯罪社会学。79年東京大学文学部社会学専修課程を卒業、科学警察研究所に入所。86年8月から2年間、フルブライト奨学生として米国ペンシルベニア大学犯罪学・刑法研究所に留学。留学中に書いた研究論文 "Modeling the Impact of Age on Criminal Behavior: an Application of Event History Analysis" が、日本人としては初めてアメリカ犯罪学会の最優秀学生論文賞を受賞。2000年8月にペンシルベニア大学から博士号を取得。科学警察研究所犯罪予防研究室長を経て2004年から2016年3月まで犯罪行動科学部長を務め、定年退職後現職。犯罪・非行の経歴の縦断的分析、GISを用いた犯罪の地理的分析など、先進的な手法による実証的犯罪研究に取り組むとともに、防犯まちあるき支援ツール『聞き書きマップ』の作成と公開などを通して、研究成果の市民への還元に努めている。