December 17, 2014

写真から窓を考える

ホンマタカシ (写真家) × 塚本由晴/アトリエ・ワン (建築家)

現代写真家・ホンマタカシが、古くからの知人で建築家・塚本由晴と、「写真から窓を考える」をテーマに対談。東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTでおこなわれている企画展『活動のデザイン展』(~2015年2月1日)会場での、ホンマによる窓を用いた写真作品『カメラ・オブスキュラ・スタディ ― 青山→六本木、建築で建築を撮る』の解説からスタートした──

 

ホンマタカシ (以下:ホンマ)  僕のやつは、今取り組んでいる活動です。普通、写真家ってこうやってファインダーをのぞいて自分だけで撮るけど、これはみんなで暗くしたり、これをやるのにいろんな複数の人で一緒に同時に体験できる、それがいいですね。

塚本由晴 (以下:塚本)  僕はニューヨークでお手伝いしたことがあるんです。エンパイア・ステート・ビルを撮るのに。ホテルの窓に目張りして部屋を暗くしていって。

ホンマ そうやって二人一緒に体験できるんですよ。

塚本 そう、すごく面白い。

  • 『活動のデザイン展』出展作品
    『カメラ・オブスキュラ・スタディ ― 青山→六本木、建築で建築を撮る』

ホンマ これも、わざとこう展示の (紙が) “くるん”となるのがいいなと思って。

塚本 建物の重なり方が普段と違って見えますね。東京のビルは軽くて薄いという印象を持っていたけど、それなりに重みがあって見えます。白黒の効果もあるのかな。

ホンマ ちょっとこのフィルムが特殊なフィルムだから。

塚本 ガラス張りのこのビル、マッシブですね。ガラス張りだからといってだませないね。

ホンマ そうかもしれないですね。軽くないですね。

塚本 これは何ですか。

ホンマ 外は逆像で写るけど、カメラの中は正像で写るんです。数字は、素数のうちの一つなんだけど。

塚本 確かに。これはじゃあ反転してるってこと?

ホンマ そうです、上下反転だけど。

塚本 これはガラスに張ってあるのか。

ホンマ そうです。前は手前に浮かしてたりとかもしてたんですけど。最初に本当は北斎が描いた絵で、ふすまに富士山が逆に映っている絵とかありますよね。節穴効果で。資料もいろいろ展示しようかなと思ったんだけど、決められた所でこれだけ並べたらすっきりしたからこれでいいやとなりました。

塚本 北斎がそんなの描いているんですか。

ホンマ 描いてるんです。

塚本 そういう小さな現象を捉える。雨戸閉めれば小さな節穴で実際に起こりますからね。

ホンマ 昔は本当にそういう真っ暗な空間って室内にあったから、結構実際には見てたのかもしれないですよね。

塚本 子供の頃住んでた家の雨戸の節穴から入った光が、手前にすりガラスの窓に反対の像を結んだことありました。距離短いから像は小さかったけど。

ホンマ そういうの、近代建築以降、急になくなったんじゃないですか。暗い場所を作らないから。

塚本 そうですね。

  • 『活動のデザイン展』出展作品
    『長い望遠鏡』大西麻貴+百田有希/o+h

ホンマ これ大西さんたち (大西麻貴+百田有希/o+h) の作品なんですけど。ここから遠く離れた向こう側に長い望遠鏡とかあって、それをのぞくと僕の作品が見える。

塚本 コラボレートしている?

ホンマ そうです。

塚本 望遠鏡のお化け?

ホンマ 1個1個の展示が見えるような。

塚本 そういうことか。本当だ!

ホンマ 僕は正確にこの企画展のコンセプトを分かってなくて。(笑) でも、1個1個の作品は何となく、隣の地雷のやつ (『マイン・カフォン』マスード・ハッサーニ) もそうだし、向こう側に、近未来の自分の情報を歩きながらシェアしていく架空の職業のビデオとか、全体的にすごく面白い。いわゆる、確立されたアートとかデザインとかをただ見せるだけじゃなくて、面白いアイデアでやっている人が集まっていると、僕は勝手に解釈しています。今の時代を生きるヒントのデザインみたいな、アートみたいな。

塚本 生きるヒントのデザインですね。

後半は、アトリエ・ワン事務所に移動。ホンマの持参した写真集を眺めながらの写真論、そして塚本による建築作品論へと展開していく──

ホンマ そもそも窓と、窓から見る風景というのは、建築写真なるものに何かちょっと広がりを与えられるのではないかと思って。建築写真始めたときに、竣工写真ばかり撮っててもしょうがないから、何かできないかなと思っていたときに、「窓と窓からの風景」というのが最初に考えたコンセプトなんです。

塚本 ホンマさんにそれを言われたときに、元も子もないことを言う人だなと思いつつも、確かにそうだなと思った。かなり初期に、アトリエ・ワンの建築の写真も撮ってもらっているんですけど、まあ要するに建築写真は撮らないんです、ホンマさんは。なんか、あらぬところを撮っているから、「どうしてこっち撮ってくれないんですか」と言ったら、「だって俺、建築写真家じゃないから。撮りたいなら自分で撮ればいい」と言って、「カメラ貸しますよ」って。それで窓から見える風景とその窓を撮ったりしていましたね。

ホンマ 建築ももちろん、内部とかコンセプトがいろいろあるんだと思うけど、実際来たらここの見えっていいなという、感覚ってありますよね。

塚本 建築を設計するほうもやっぱり、その場所からの眺めがいいなとか、ここから外が見えることによって、住むことと外が関係付けられるといいなとか。そういう考えでやっているのに、ほとんどの建築写真ては窓からの眺めを撮ってなくて。

ホンマ 最初は建築写真の活動を自分がやるならということで、窓からの眺めを撮っていたんですけど、さっきの21_21のカメラ・オブスキュラは、そこからさらにカメラのほうに戻ってきたというか。建築写真だと思って撮っていたんだけど、それってもしかしてカメラのことも同時に考えていたのかなと思って。部屋全体をカメラにするということで考えると、すごい面白いなと。例えばこれ、ルイジ・ギッリという人の作品なんだけど、この人もまたその建築的な窓と違って、写真のフレーミングということを考えて撮っていると思うんだよね。

塚本 ああ面白いですね。

ホンマ 結局フレーミングですよね。

塚本 空が写っているんだ。

ホンマ 写真撮るってフレーミングすることだけど、窓ってそもそもフレーミングしていますよね。

塚本 そうですよね。

ホンマ そうやって見ていくと、やっぱり写真家はすごい窓撮っているんですよ。たとえば、ロバート・フランクもすごい撮ってるんです。ちょっと緩いフレーミングだけど。これ見たときに、カメラ・オブスキュラのアイデアが浮かんだんですね。全然方向が違うけど、最初の見えとして。

塚本 写っているのは実物じゃなく反射であったり。幾つかの像が重なっていますね。フレームも幾つかあって、かつ違うものを写していますね。

ホンマ そういう話、学生のとき学校で全然習わなかったな。写真の授業で全然習わなかった。

塚本 実際、窓というのは建築にとってあまりに当たり前すぎて、大学で特別教えることもないんですよ。だから壁に穴が開いたものか、床と屋根の間の空いている部分を塞ぐものぐらいにしか考えられてない、近代の建築の教育の問題ですね。

ホンマ 光を取り込むものとして、ですよね。

塚本 日本の建築教育は、産業との関係を下敷きにしてしまったので、生産との関係で建築を位置付けていて、世界との関係で位置付けてない。でも写真家が建築の窓に注目して写真を撮っているときというのは、やっぱり自分と世界の関係で、生産ではないですね。

ホンマ まだやってないけど、きちんと分類すると、幾つかに分かれるんじゃないかなと思って。それこそ僕はスルーウインドーで、ロバート・フランクもややそうなんだけど、ティルマンスはバイ・ザ・ウインドーなんだよね。

  • Wolfgang Tillmans window/Caravaggio,1997 C-print Courtesy Galerie Buchholz, Berlin/Cologne

塚本 窓辺だ。

ホンマ そう。やたらめったら撮るの。

塚本 建築を設計しないし、生産しないからこそ、窓がもたらす現象とか、その意味に敏感になっているのが、写真家とか映画監督とか小説家。そういう感受性を建築の創作に還流させていくというか、フィードバックさせていくことに興味を持った辺りから、窓の設計に拘るようになりました。

ホンマ 僕が住んでいる建築家の建てた集合住宅のトップライト、絶対に設計上は光採りでしかないんだけど、僕が今いいなと思うのは、雨の日の音なんですよね。四角く開いているから、そこだけ雨の音がするんです。それがすごいキレイで、気分がいいんです。それって多分、建築家が想定していなかった要素なんですよね。そういうのはやっぱり住まないと分からないし、面白いなと思って。

塚本 そういう感覚から空間を組み立てるっていうのは、日本の現代建築には気付いている人が何人かいて。20世紀的な建築とは違うつくり方が出てくると思います。

ホンマ それこそ日本家屋は、そういうことを考えてやっていたんですよね。

塚本 川端康成はそういうの書くのが上手いんですよね。家の外の音が家の中に入ってくるときの書き方とか、雨の音の書き方とか。家の外に足一歩踏み出したみたいな、そういう室内の書き方なんです。卓越した感受性です。時間と空間の関係性が、ファインチューニングされている。ああいう感覚は設計でも実現できるはずと思ってやっています。

ホンマ 建築は建築でやったり、写真は写真でやったりとかしないで、例えば窓というテーマ一つ取ってみても、そこをつなげるようなことってちょっと面白い。

塚本 それが“窓学”のコンセプト。今までやってきた建築の研究だけでなく、他の展開も考えましょうと話していたところです。

──写真研究や、窓の写真の類型化などしてみたいです。一緒にしましょうか?

ホンマ しますよ、しますよ。窓は結構いけますよ。写真の側からも、意外とその窓に特化して写真を分類したり論じている人はあまり居ないんですよね。個々に撮ってる人は居るんだけど。僕は窓ってなんかちょっとストレート過ぎるなとか思ってたんだけど、昔は。例えば横溝静さんていう人が居て。その人はニューヨークとかの窓辺に被写体に立ってもらうんです。例えば塚本さんに立ってもらって、何時に立ってくださいとかいうんです。夜の24時とか。それを外から、コミュニケーションなしに撮るの。それでいっぱい撮っている人。写真のスタイルが表現主義っぽい人が窓の写真を撮っていて、その頃は窓って表現主義過ぎて嫌だなと思っていたんだけど、ティルマンスとかルイジ・ギッリとかの他にもみんな撮ってるし、面白いなと思うようになったんです。これ、ロバート・フランクの有名な写真ですね。

塚本 体の一部が写っている。

ホンマ これ『アメリカンズ』の中に入っている名作なんです。

塚本 渋いね。

ホンマ 渋いんですよ。切り取りが。

塚本 プリぺアドフォトじゃないでしょうこれは。作り込んでないですね?

ホンマ 作り込んでない。

塚本 すごいね。

ホンマ 多分この日はパレードかなんかやってたんでしょうね。

塚本 みんなパレードは見ているけど、その参加の仕方とか、パレードに対する距離の取り方に色々あることが写真になっている。そういえば歴史上の最初の写真は、窓から外を写したものでしたね。

ホンマ そうなんです。ニエプスのやつ。

塚本 彼の家の窓から外を撮った。

ホンマ 最初がそうだったから、やっぱり窓は写真論なんですね。

塚本 近代建築は、一度窓を廃棄しようとするんです。ミース・ファン・デル・ローエのファンズワース邸とか、床と屋根だけで間はガラスの壁。はめ殺しですからね。それが古い時代からの離脱というか、切断。切断を図る上で一番明確だったのが窓と屋根。そいつらを殺せば、昔からの切断が図れると。装飾は基本的に物の縁に発生するので、窓の縁はデコレーションの中心だった。窓を外すと装飾もなくなるから、機能主義的にはいいということになってくる。だけど、装飾があるほうが実はストライクゾーンが広いんです。下手なやつでも何とかなる。ところがそういうのをなくしていくと、コントロールがよくないと醜いものになってしまうんですよ。近代主義の建築デザインはストライクゾーンが狭いんですね。窓をもう1回考えたほうがいいのは、ストライクゾーンを広げようという意味もあります。

ホンマ 取りあえず今日は、ここまでの話でいいですか?

塚本 今までの窓学の文脈とつながったかな。

ホンマ 窓学写真編。なんか僕の興味とも、今どんぴしゃで合うから、嬉しいです。何人か僕の周りに撮るのではなくて、写真研究したいっていう元ワークショップの仲間が居るから、ちょっと聞いてみます。

塚本 対談のはずが企画会議みたいになりましたね。いいじゃないですか。

ホンマ そういうのいいですよね。

 

 

ホンマタカシ/Takashi Homma 1962年東京生まれ。2011年から2012年にかけて、自身初の美術館での個展『ニュー・ドキュメンタリー』を、日本国内三ヵ所の美術館で開催。写真集多数、著書に『たのしい写真 よい子のための写真教室』、2014年1月に続編の『たのしい写真 3 ワークショップ篇』を刊行。現在、東京造形大学大学院客員教授

塚本由晴/Yoshiharu Tsukamoto 建築家。東京工業大学大学院准教授、博士(工学)。1965年神奈川県生まれ。87年東京工業大学工学部建築学科卒。 87~88年パリ建築大学ベルビル校。92年貝島桃代とアトリエ・ワンとして活動開始。94年東京工業大学大学院博士課程修了。2000年~現在、同大学大学院准教授。03、07年ハーバード大学大学院客員教授。07、08年UCLA客員教授。2011~12年デンマーク王立アカデミー客員教授。2013年京都精華大学客員教授 www.bow-wow.jp

21_21 DESIGN SIGHT企画展『活動のデザイン展』 会期/2014年10月24日(金)~2015年2月1日(日)、開館時間/11:00~20:00(入場は19:00まで)、休館日/火曜日(12月23日は閉館)、年末年始(12月27日~1月3日) www.2121designsight.jp