連載 シンポジウム『THE SAGA OF CONTINUOUS ARCHITECTURE 連続的建築は、これからも連続するか?』
なぜこの先生は熱貫流率や雨漏りについて聞いてくるのだろう?
06 Sep 2016
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東京大学准教授 小渕祐介氏による、最先端で活躍する建築家・建築評論家への連続インタビュー。今回は、『横浜港大さん橋国際客船ターミナル』の設計などで広く知られる、国際的建築家のアレハンドロ・ザエラ=ポロ氏の提唱する 『エンベロープ (被覆) 論』から展開される、窓のもつサステナビリティへの可能性と、タイポロジーを超えたこれからの建築家の役割とは。
小渕祐介 (以下:小渕) 窓の現在についての考えを聞かせてください。
アレハンドロ・ザエラ=ポロ (以下:ザエラ=ポロ) 例えば、アルミフレーム窓に関して言うと、製品自体は非常に気に入っていますよ。素晴らしいものだと思います。ただ、ご存知かと思いますが、アルミは大変エネルギー負荷が大きな素材です。
建築家は、建材そのものがもつエネルギー負荷に、より大きな関心をもつようになってきていると思います。これは大変なことで、というのも、製造会社は、アルミという極めて人工的な素材を製造する際にかかるエネルギー量が、どれくらいなのかを社会に対して説明する必要がでてきているのですから。また、窓やファサードの枠に関わる重要な問題として、熱伝導性が挙げられるでしょう。つまり窓枠と熱貫流率の関係性です。
小渕 それは、サステナビリティがもつイメージと実際の産業活動との間に関係性の問題があるということですね。一般の人々が普段生活していて、アルミ製品と環境問題を直接結びつけて考えたりはしません。
ザエラ=ポロ そうですね。大きな問題だと思います。アルミを製造するのは非常にエネルギー負荷が大きいのです。しかし、96%がリサイクル可能など、アルミを使う上で興味深い利点も聞いたことがありますよ。
小渕 アルミをリサイクルするのもまたエネルギー負荷が大きいのではないですか?
ザエラ=ポロ 一度アルミ製品を製造すれば、それがコーラの缶であれ窓枠であれ、効率的にリサイクルするシステムがあります。アルミのリサイクルのプロセスは、建物の鉄とコンクリートの問題と同じだという人がいます。エネルギー負荷が大きくてもリサイクルすることができるので、鉄はコンクリートに比べてずっと環境に優しいというわけです。アルミは鉄よりもリサイクルの効率が良いと思うので、一度アルミ製品を製造すれば、それをそのまま使い続けることができるのです。実際リサイクル率は非常に高いと思いますよ。
小渕 興味深いですね。というのも、例えばガラスはリサイクル可能ですが、リサイクルするたびに品質は落ちるわけです。どんどん不純物が混ざっていってしまう。それに対してアルミはリサイクルのプロセスを経ても品質が保たれるのでしょうね。
さて、 ザエラ=ポロさんは建築家、教育者、また理論家としてサステナビリティの問題に関心をもっているわけですが、今話していた問題は、建築家として実務的な問題としての考えではなく、研究目的的に理論的枠組みを築くためのものなのでしょうか?
ザエラ=ポロ いや、 少なくともヨーロッパでは、必ずしもそうではないと思います。イギリスの建設業界と仕事をしていたときに気づいたのですが、ヨーロッパでは、建設産業と設計実務にとってこれは非常に重要な問題なのです。通常、デザインをしている時の建築家や、理論家にとって全く考慮されていないようなことを、設計打ち合わせで人々が話し合っていることに気づいて、この問題の重要性がわかったのです。
小渕 日本では建築理論よりも実際のものづくりにより重きがおかれていると思います。そして、建物が建てられることから理論が生まれることが時にはあるのです。
ザエラ=ポロ そうだと思います。私が掲げたエンベロープ (被覆) 論では、当初、理論と実践が一対一の関係をなしていました。理論と、自分の実務とがすべて繋がっていたのです。そうでなくてはならないと信じていたのです。もっとも、これはアメリカの建築教育の良くないところだと思うのですが。
なので、すべて自分自身の経験とそれの自己反省するプロセスの自己満足でしかなかったのです。あるカーテンウォールメーカーと仕事をして実務活動をしていて気づいたのですが、例えば、ショッピングモールのデザインを依頼されても、誰もショッピングモール自体を一から考え直すことに期待しているわけではないのです。むしろ彼らは素敵なファサードや軒や床を期待しているわけです。ショッピングモールを設計してほしいという彼らのところに行って、そんなところでショッピングモールの根本的な仕組みを変える素晴らしいアイディアがあると言おうものなら、きっとクライアントは逃げて行ってしまうでしょう。
小渕 『横浜港大さん橋国際客船ターミナル』では、まさしく理論と実践の一対一の関係を目指したわけですね。
ザエラ=ポロ そうですね。しかしあれはコンペに勝った結果としての仕事でした。なので、私たちは誰も説得する必要がなかった。アイディアを見せて、それが受け入れられたのです。
それに、世界にはそんなにたくさんのフェリーターミナルはないので、ある意味、ニッチなタイポロジーに取り組んでいたのです。オフィスビルやアパート、ショッピングモールとフェリーターミナルを比べてみてください。フェリーターミナルよりも、ショッピングモール、オフィスビル、住宅のほうがずっとたくさんあるのです。なので、ある意味フェリーターミナルというタイポロジーは、住宅やオフィス、ショッピングモールのタイポロジーほど確立されてはいないのです。
小渕 その点で、施主は新しいタイポロジーのアイディアの探求に好意的なわけですね。
ザエラ=ポロ そのとおりです。様々な試みをする余地があったわけです。空港も似たようなものです。基本的に空港は工場建築です。初期の空港は倉庫でした。しかし今、空港というタイポロジーは、どんどん制約でがんじがらめにされ、そして合理化されてきています。
建築のタイポロジーにこれがおきると、基本的に建築家が扱える領域が制限されてしまいます。建物がどのように機能するかのような判断ができなくなり、建築家の仕事は建物の本質をデザインするというよりも、より表層的で装飾的なものになっていくのです。
自分が実務に関わっていて、建築の特定のタイポロジーをデザインプロセスの一環として扱っていくうちに気がついたのですが、 誰も建築家に新しいタイポロジーを発明してほしいなどと思っていない。すでにタイポロジーは存在していて、それを変えるということは、ますます困難になってきているのです。
たとえば、オフィスビルというタイポロジーは、加速度的にグローバルなものになってきています。日本や他の国から来る人が働くのに適していないオフィスビルをロンドンにデザインするようなことはできません。また、様々な文化圏から来る人々を考慮しないようなオフィスビルを日本で建てることもないでしょう。オフィスビルというタイポロジーのもつ硬直性は、グローバライゼーションのためなのです。
一番の例として、車が挙げられます。ハンドルが車の真ん中にある車があるとは思わないでしょう。なぜならそれによって、国際的な道路システムなど、すべてを変えないといけなくなるからです。カーデザイナーも、ハンドルを真ん中に付けることによって性能をアップできるかという問題を考えることはないでしょう。たとえ性能がアップする可能性があったとしても、車をデザインする上での約束事がすでにあり、カーデザイナーとして、そのような可能性を考慮することは求められていないのです。
そして同様に建築家も、ショッピングモールを再発明することはできないし、そのタイポロジーで設計する上での約束事はますます増えていっているのです。
小渕 ザエラ=ポロさんが取り組んでいるエンベロープはまさしくそれですよね。硬直化する建築のタイポロジーにまだ何か建築家にできる余地があるという主張ですよね。
ザエラ=ポロ そうです。私がこの問題に興味をもったのは、自分の設計業務が、建築のエンベロープ周辺で主に取り組まれていると気づいたからなのです。エンベロープのデザインこそが、自分が施主に提供できることだったのです。施主は次世代型ショッピングモールをどうやってつくるのかなど知りたいと思っていないわけです。
小渕 そうですね。つまりエンベロープにこそ、その残された余地があり、その中にサステナビリティ、テクノロジー、現実性や理論など、私たちが話してきた様々な問題、そしてそれらが建築的な効果や性能の点からどのように働くかといった問題が存在しているということですね。
ザエラ=ポロ また、建築のエンベロープについての他の興味深いこととして、現在のサステナビリティへの社会的関心から、エンベロープは一つの巨大な研究領域になりつつあることが挙げられますね。
もし、建設産業が二酸化炭素排出量を10%削減できるのであれば、それは世界にとって非常に大きな貢献になります。飛行機の燃料の二酸化炭素排出量を減らす研究に何百億円もの費用を投入できますが、それで可能になる削減量は、建物のファサードの性能を向上することによる削減量に比べればわずかなものなのです。
英語の表現で「Low-hanging fruit (低い所にぶらさがっている果物) 」 (訳注:簡単に達成できる目標の意) と言いますね。簡単に、しかも比較的安価なコストで達成できるのです。飛行機の燃料や他のものの研究に費やすよりも、建物のファサードや窓のシステムの技術に投資するほうが圧倒的に経済的なのです。
小渕 建設産業が扱っているものの量が膨大だからですよね。
ザエラ=ポロ そうです。それと、建設産業が技術的に比較的単純であるということもあります。建築は原子力技術産業や航空技術産業などとは違うのです。控えめで、ある意味粗野な産業なのです。なので、このような問題の研究に投資することで、簡単に大きな変革を実現できるはずなのです。
このようなことを考えるのに至ったのは、自分が何年も実務活動をしていて、この業界で私たちが実際に何をしているのかを考えずに物事を進めていると気づいたからです。そして、これは建築家の責任ではないかと考えています。ほとんどの建築家はこのようなことに関心を払っていないわけですから。
建築の言説はこの問題にまったく無知で、しっかりと考えるべきだと思っています。私は誰からもこの問題について教わりませんでした。私が学生で建築を勉強していた頃は、たしか構造が技術的な問題として関心が高かったと思います。なぜなら、構造は建物の形に大きな影響ももっているわけですからね。しかし、当時は誰も窓枠の熱貫流率について気にかけてはいませんでした。誰もファサードに占めるガラスの割合と熱貫流率の関係や、断熱について関心を払ってはいなかったのです。
私たちは建築家という職業の責任として、このような事柄を認識し、デザインにこの問題をどう反映させるかを判断できる感覚や能力を磨いていかなければならないと思います。
小渕 建築家はこの問題に気づいてはいると思いますが、ザエラ=ポロさんが言っているのは、これが単に約束事として守られるだけではなく、建築家の考え方を根本的に変えなければならないということですよね。つまり、デザインをして、そして次にディテールに取り組み、最後にどのようにサステナビリティの問題を組み込むかを考えるというようなことではない。デザインの最初から、ちゃんと考慮しなければならない。窓枠がどのようにつくられているかなど、この問題は全体に大きな影響を与えるのですからね。
ザエラ=ポロ そうです。これは比較的最近になって考え始めたことです。ある意味、エンベロープ論で行ったファサードの研究は、特定の技術には歴史があり、また特定の傾向があるということに気づくきっかけだったのです。私たちはこのことを認識し、これを建築を生み出す根本的な問題として活用していけるようになる必要があるのです。
小渕 窓枠のデザインという、極めて技術的な問題にも、建築家がデザインで関与できる余地があるということですか?
ザエラ=ポロ そうですね、多くの建材は製造会社と建築家の協働で開発されているようにも見える一方、そのような問題で私たちが何かをするというのは非常に難しいでしょう。建築家であれば、自分の設計する建物に一定のクオリティを求めて、建材会社と協働するものです。すると両者の中で非常に興味深いフィードバックがおこるのです。私の経験から言うと、例えば、セラミック会社や木材加工会社と協働するのは非常にエキサイティングなことだと思います。
製品のあり方について実際に影響を与えられる可能性というのも、建材会社にとって興味深い問題だと思います。標準的な製品を大量生産するのに対して、建築家の特殊な要求に応える建材会社の対応能力とは何でしょうか? コンピューターなどの製品は、スペインであってもアメリカであっても基本的には同じような規格の製品がつくられているはずです。しかし、建物のファサードは土地柄によってそれぞれカスタマイズされていて一つ一つ違う製品になっています。なので、アルミ押し出し成型には押し出し寸法の標準的な対応範囲があるはずです。
小渕 昔は、窓用アルミサッシは施工会社や大工によってつくられていたわけです。彼らが標準的なアルミ部材を現場で切って組み合わせていた。しかし現在では、窓枠は完成された製品として現場に搬入されていて、壁の開口にはめ込むだけで済むのです。そのような標準的な製品は建築家のデザイン能力に制約を設けてしまうと思いますか?
ザエラ=ポロ はい。でも必ずしもそうであるとは限りません。高品質の標準部材を用いながら、建築家がそれの面白い使い方をしているような興味深いプロジェクトもあります。高品質の標準部材をよく見極めて、その面白い活用方法を探すというような例に個人的に非常に興味をもっています。
小渕 小さなスケールのディテールから全体のデザインの方向性の両方を、同時進行しながら行き来するようなプロセスを考えているのですね。
ザエラ=ポロ そのとおりです。それが好きです。それができなければ決してよい建築は生み出せないと思います。
決まった物事を変えるのには、大変な複雑さや予測の難しさを伴います。基本的には、建物の物理学は実際非常に簡単なものですが、様々な要素が絡み合うことで非常に複雑になるのです。建物には、普段建築家が気にかけないような、物質の酸化や劣化によって引き起こされる不可解な影響があります。しかしファサードに関わる人はそれを敏感に観察しています。そのような人たちから私は多くのことを学んでいます。
小渕 面白いですね。 実務経験の無い学生にどのようにしてそのようなことを教えて、どうしたら、このような課題に取り組むことができると思いますか?
ザエラ=ポロ それは難しいですね。大きな問題だと思います。なぜなら、少なくともアメリカでは学生はそのようなことを全く理解できないのです。頭が悪いからではありません。それが重要な課題であると教わったことがないからなのです。「なんでこの教員は熱貫流率や雨漏りについて考えろと言ってくるんだ?」と思っているのです。
建築家が考え方を変えることができない限り、そしてこの学問の基本を変えない限り、建築家はファサードの製造会社に取って代わられるでしょう。建築家は非常に内向的にしか語ることができなくなっています。アーティスティックにしか語れないのです。人々は建築に関心をもっているというのに、私たちは人々とコミュニケーションを取ろうとしていないのです。
今回話したような問題に、世間一般は大きな関心をもち始めています。それなのに、建築家は取り残されてしまっているのです。
アレハンドロ・ザエラ=ポロ/Alejandro Zaera-Polo
建築家、理論家。プリンストン大学建築学部の元学部長。ロンドン、バルセロナ、チューリッヒに拠点を置き、国際的に活躍する建築設計事務所、Alejandro Zaera-Polo and Maider Llaguno Architecture (AZPML)の共同設立者。受賞歴のあるプロジェクトに、横浜港大さん橋国際客船ターミナル、バーミンガム・ニューストリート駅再開発、英国のレイベンズボーン・カレッジ・オブ・デザイン・アンド・コミュニケーションがある。 その他、エンリック・ミラーレス建築賞、神奈川県建築賞、 5度にわたる RIBA国際賞、チャールズ・ジェンクス建築賞受賞。プリンストン大学講師、ロッテルダムのベルラーヘ・インスティチュート学部長を歴任。また、論文を『Volume』、『Log』、『A+U』、『El Croquis』の各誌に掲載。
http://azpml.com/
小渕祐介/Yusuke Obuchi
1969年千葉県生まれ/1989~91年トロント大学建築学科/1991~95年Roto Architects/1997年南カリフォルニア建築大学卒業/2002年プリンストン大学大学院修士課程修了/2002~03年RUR Architecture/2003~05年AAスクールコースマスター/2005~11年同スクールデザインリサーチラボディレクター/2013年ハーバード大学Graduate School of Design講師/2012~13年プリンストン大学大学院客員准教授/2010~14年東京大学特任准教授/2015年~東京大学准教授
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