31 Jan 2017
「幸せ」な窓の時代は終わってしまったのか?
「窓のある社会」と「窓のない社会」のどちらがよいか。もしこう問われれば、ある方がよい、と多くの人は答えるでしょう。だが人口減少へと向かう日本において、増えている空き家の窓は、衰退していく社会を象徴する存在となりつつあるように見えます。また「安全・安心」の強調される時代に、災厄を呼び込む可能性のある窓は、ときにやっかいなものと見なされることさえあります。
しかしそれでも「窓」は大切である。社会学はこう考えます。
社会学は多彩な視角と方法により、社会と人間に関わる幅広いテーマに取り組んできています。そこで本プロジェクトでも社会学のこの特徴を生かし、専門を異にする複数の社会学者からなるチームを作り、「窓の社会学」という新しいテーマに取り組みました (下図) 。
社会と窓の二重の関係
「社会と人間のつくる空間」はどのような「かたち」をとっていくべきか。窓を考察することからそのヒントを得ること。逆に、より望ましい窓のかたちをそこから考え直してみること。私たちの課題はこのように要約できます。共同作業の結果、明らかになったのは、「社会」と「窓」の間には、二重の規定関係があるという、シンプルだが基本的な事実でした。
「社会が窓をつくる」という側面、そして「窓が社会をつくる」という側面が、相互に連関・循環をしながら、人間の暮らす世界を創り上げ、また変化させていく。図でも示したように、多くの「問い」がさらにそこから浮かび上がってきました。
「窓のある社会」を守るために
窓とは人を幸せにするものです。窓のない家が味気ないものであるように、窓のない社会もまたさびしいものです。「窓のある社会」を守るためには何が必要か。これはとてもむずかしい問いです。
しかしまずは、窓がもたらしてくれる「喜び」の経験、そしてそこから引き出される「幸福」の力を、私たち一人ひとりが忘れないようにすること、このことが大切です。「社会が窓をつくり、窓が社会をつくる」という循環の構造のもとで、「窓」がもつ原初的な力を再確認していくこと、これが以下の主題でもあります。
では、「窓の社会学」の世界へと足を踏み入れていくことにしましょう。
町村敬志/Takashi Machimura
1956年北海道生まれ。1979年に東京大学文学部卒業、1984年に東京大学大学院社会学研究科博士課程中退(2013年東京大学・博士(社会学))。1984年東京大学文学部助手、1988年筑波大学社会科学系講師、1991年一橋大学社会学部助教授を経て、1999年一橋大学社会学部教授、2001年同社会学研究科教授へ配置換え(現在に至る)。このほか、1993-1995年カリフォルニア大学ロサンゼルス校客員研究員、1999年北京日本学研究センター訪問教授など。主な著作として、町村敬志(2011)『開発主義の構造と心性――戦後日本がダムでみた夢と現実』御茶の水書房、町村敬志・西澤晃彦(2000)『都市の社会学』有斐閣、町村敬志(1999)『越境者たちのロスアンジェルス』平凡社、町村敬志(1994)『「世界都市」東京の構造転換―― 都市リストラクチュアリングの社会学』東京大学出版会。