December 6, 2019

Vol.3 曇りガラスの窓の記憶

小林茂雄(東京都市大学教授)

大学生と高校生の約500人に「記憶に残る窓の風景」について課題を出し記述してもらう活動をおこなっている小林茂雄教授(東京都市大学)。
記憶にある窓の風景をひとつ選び、それがどこのどのような窓で、そのとき何を感じたのか──生徒にはテーマを教室のその場ではじめて伝え、何も見ずに、記憶だけを頼りに手書きで記述してもらった。

第三回は「曇りガラスの窓」の記憶。
光が直進せずに表面で散乱する曇りガラスは、視線を遮り、
淡くぼやけた像を透過することで、想像力を研ぎ澄ませる。

 

小学生の頃、自宅の書庫にこもって本を乱読するのが好きでした。書庫の窓は本の背が焼けないように曇りガラスになっていたので、入ってくる光は乳白色で、柔らかかった記憶があります。年を重ねたら、単位や仕事に関係なく、好きな本を好きなだけ読めたら幸せだと思います。

私の通っていた高校は鎌倉にあり、周りには民家がたくさんありました。そのため窓はすりガラスになっていて、上の方しか見えませんでした。そこから見える小さな景色から外の風景を想像することが、授業中のひそかな楽しみでした。

今の家に住んで10年以上たちます。その間ずっと天窓のある部屋で勉強して、遊んで、寝ました。朝起きると天窓に薄水色の空が映り、一日が始まるのだと気が引き締まります。天気によっては雨が天窓を激しくたたきつけ、バチバチと音を鳴らし、薄灰色の空を映し出します。この窓からは景色を眺めることができません。しかし窓に映る色、窓に当たる音、窓からの光が私の部屋と外とを結んでいた気がします。

私の部屋を出るとすぐ左に階段があり、階段の壁に窓が一つ付いている。部屋を出れば目に入る位置にあるが、曇りガラスのため、分かるのは外の明るさと窓の外に置いている申し訳程度の植木の緑だけ。ある日の朝、窓を見ると窓いっぱいに青が広がっていた。リフォームのために家を巻いているブルーシートだと頭では分かっていたが、なぜだか手前の緑とあいまって、私には海にしか見えなかった。とても不思議な気持ちだった。

小学生の頃、放送委員会に所属していた。普段は友達と待ち合わせて帰りの放送をしていたが、その日は友達が風邪で休んでいたため、私一人で放送室に向かった。放送室は会議室の奥のドアを開けた先にある。その日の会議室は妙に薄暗く、誰もいない静けさの中、いつもと違う空気を感じた。私は足早に奥のドアに手をかけ、放送室に入った。放送室は光に満ちていた。機材から出たほこりと、古く汚れた窓から差し込む暖かい陽の光に何か大きな恐怖から救われたような気がして、いつもより遅れて帰りの放送を告げた。

 

 

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窓の空間心理学について

通常、窓のこちら側と向こう側には、別の明るさや空気の状況があり、違った営みがなされている。そのギャップによって、ときには時間的な経過や距離の変化に気づき、ときには向こう側をうらやましく感じたり逆に自信をもったりするなど自身の心が反映することもある。従って、自分のいる場所から他の場所を感じるという窓にまつわる行為には、物語性が形成されやすいと思われる。(「窓の空間心理学 Vol.0  窓をめぐる記憶を収集する」より)

企画・監修 小林茂雄/Shigeo Kobayashi
東京都市大学教授。1993年、東京工業大学大学院総合理工学研究科社会開発工学専攻修士課程修了。1998年、東京工業大学大学院 博士(工学)。「喫煙所における見知らぬ他者への声のかけやすさ」、「都市の街路に描かれる落書きの分布と特徴 : 渋谷駅周辺の建物シャッターに対する落書き被害から」などの論文を発表。

*ウェブサイト掲載にあたり一部テキストの編集を行いました