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November 6, 2019

Vol.2 子どもの頃の窓の記憶

小林茂雄(東京都市大学教授)

大学生と高校生の約500人に「記憶に残る窓の風景」について課題を出し記述してもらう活動を行う小林茂雄教授。
記憶にある窓の風景をひとつ選び、
それがどこのどのような窓で、そのとき何を感じたのか──
生徒にはテーマを教室のその場ではじめて伝え、何も見ずに、記憶だけを頼りに手書きで記述してもらった。
第二回は「子どもの頃の窓」の記憶。

 

小学生の夏休み、母親が夕方に帰ってくるまで、こっそりゲームをしていました。母親は仕事場まで車で行っていたので、夕方ごろ、家の前を車が通るたびに窓から母親の車ではないかを確認していました。そして母親の車が見えたらゲーム機を元あった場所に戻して、勉強しているふりをしていました。あの窓には何度も助けられたなと思います。

小学校の同窓会で母校に集まり、少し時間があったのでかくれんぼをすることになりました。隠れていた掃除用具入れの中から見た光は、鬼をしている友人の声やだんだんと沈んでいく太陽の光と合わさって、とても懐かしく暖かく感じました。見つかったとき勢いよく開けられた扉からのまぶしい光には、少しほっとした気持ちとこの時間が終わってしまうことの残念な気持ちが合わさっていました。

5歳くらいのころ、初めて家族でスキーに行った。大宮駅から上越新幹線に乗車して、高崎までは特にこれといって特徴のない風景を眺めていた。トンネルが増えてきて次第に退屈になり、眠気が襲ってきた。外が明るくなるたびに窓を見たが、同じようなトンネルの繰り返しだった。早く到着しないかと思いながらぼうっと座っていると、ふとこのトンネルは今までより長いなと感じた。トンネルを抜けた瞬間、一気にまぶしくなった。外は一面の雪景色が広がっていた。小さな新幹線の窓の外が無限に広がっているかのように思えた。

小学生のある夏の夜、時刻は23時を回っていました。外は雨がざんざん降りで、その様子を窓から父と眺めていました。そのとき突然、稲妻が走りました。いつもは雷が怖いのに、隣に父がいてくれただけで、稲妻がイルミネーションのように感じました。

小学校のとき、友人みんなで公園で遊んでいた。特に野球とキックベースが好きだったのだが、隣接している友人の家の窓にボールが当たることが多くあった。南向きのその窓はリビングにあり、部屋中に光が入るようないい窓だった。だが窓にボールを当ててしまっても、友人の母は絶対に怒らなかった。高校生になり、当時の話を聞いた。友人の母は当時その窓から子供たちが楽しそうに遊んでいるのを見るのが好きだったそうだ。そしてもうほとんど誰も遊ばなくなった公園が寂しいと言っていた。

 

 

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「窓の空間心理学」について

通常、窓のこちら側と向こう側には、別の明るさや空気の状況があり、違った営みがなされている。そのギャップによって、ときには時間的な経過や距離の変化に気づき、ときには向こう側をうらやましく感じたり逆に自信をもったりするなど自身の心が反映することもある。従って、自分のいる場所から他の場所を感じるという窓にまつわる行為には、物語性が形成されやすいと思われる。(「窓の空間心理学 Vol.0  窓をめぐる記憶を収集する」より)

企画・監修 小林茂雄/Shigeo Kobayashi
東京都市大学教授。1993年、東京工業大学大学院総合理工学研究科社会開発工学専攻修士課程修了。1998年、東京工業大学大学院 博士(工学)。「喫煙所における見知らぬ他者への声のかけやすさ」、「都市の街路に描かれる落書きの分布と特徴 : 渋谷駅周辺の建物シャッターに対する落書き被害から」などの論文を発表。

*ウェブサイト掲載にあたり一部テキストの編集を行いました