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March 24, 2020

Vol.5 移動する窓の記憶

小林茂雄(東京都市大学教授)

大学生と高校生の約500人に「記憶に残る窓の風景」について課題を出し記述してもらう活動をおこなっている小林茂雄教授(東京都市大学)。
記憶にある窓の風景をひとつ選び、それがどこのどのような窓で、そのとき何を感じたのか──生徒にはテーマを教室のその場ではじめて伝え、何も見ずに、記憶だけを頼りに手書きで記述してもらった。

第5回は「移動する窓」の記憶を取り上げる。ある場所から立ち去るとき、最後に見る景色は乗り物の窓を通したものであることが多い。フレームの中で景色が流れ小さくなっていく──映画のエンドロールが流れていくように、移動する窓からの風景によって、ある場所で過ごした思い出が心に刻まれることもあるだろう。

 

保育園の卒園が近づいていたとき、母親の車で自宅に帰る途中に見た外の景色。まだ幼かったので車の外はしっかりと見えないが、過ぎ去る景色を見て、まわりの皆とは違う小学校へ通うことになるのだと感じていたことを覚えている。

飛行機に乗り、窓の外を眺めたら、遠くに沈む夕日が見えた。あたり一面に浮かぶ雲は闇に落ちていたが、微かに残る太陽の光が地平線付近でとてもきれいに輝いていた。

高校二年の修学旅行でイギリスに行く途中、飛行機がロシアの方を飛んでいた。みんな寝静まった頃、気圧の違いでひどい頭痛で眠れずもうろうとしながら、一緒に起きていた友達と、窓のシェードを開けてみた。そこには夕方の紫に染まった小さな砂利のようなものが広がっていた。すぐに流氷だと気づいて、二人で小声ではしゃいでいた。あんまりにも広くて、外はきっと寒くて澄んでいて寂しいところなんだろうなと思ったら、厚い窓がバリアのように感じた。

父の運転する車の窓。流れていく景色、道を歩く様々な人、父が車の中でかけるひと昔前の曲。たくさんのことが混じり合って記憶に残っている。

4月から東京の大学へ通うため、実家のある福島から高速バスに乗り東京に向かった。窓からは見送る祖母が見えた。初めて泣いているのを見た。バスが出発し祖母が見えなくなり、涙があふれた。涙で外の景色ははっきり見えなかった。何もすることができず、ただずっと窓を見ていたのを憶えている。もうすぐ夕日が沈むという時間、オレンジ色の光がぼんやりと見えた。その日から高速バスの窓は見ていない。

 

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窓の空間心理学について

通常、窓のこちら側と向こう側には、別の明るさや空気の状況があり、違った営みがなされている。そのギャップによって、ときには時間的な経過や距離の変化に気づき、ときには向こう側をうらやましく感じたり逆に自信をもったりするなど自身の心が反映することもある。従って、自分のいる場所から他の場所を感じるという窓にまつわる行為には、物語性が形成されやすいと思われる。(「窓の空間心理学 Vol.0  窓をめぐる記憶を収集する」より)

企画・監修 小林茂雄/Shigeo Kobayashi
東京都市大学教授。1993年、東京工業大学大学院総合理工学研究科社会開発工学専攻修士課程修了。1998年、東京工業大学大学院 博士(工学)。「喫煙所における見知らぬ他者への声のかけやすさ」、「都市の街路に描かれる落書きの分布と特徴 : 渋谷駅周辺の建物シャッターに対する落書き被害から」などの論文を発表。

*ウェブサイト掲載にあたり一部テキストの編集を行いました