June 19, 2018

第1回 ヴェッサーリコ村のニンニクの窓

さんさんと降り注ぐ太陽の下で育てられるレモン、カビを生やすことで芳醇な風味に熟成される生ハム、風通しのよいパーゴラの下で育てられる葡萄からつくられるワイン。魅力的なイタリアの食べ物がつくられる風景には、パーゴラや熟成室など各地域独特の建築がみられる。イタリアの食べ物は、このような地域特有の気候や地理を活かした建築との関わりのなかで生み出されているのではないだろうか。そんな問いを持ったことから、私は2016年2月から一年間イタリアに留学し、食と建築の調査を行なった。その際に研究対象としたのが、スローフードによって保護される伝統的食品群だ。

スローフードは、1986年にローマのスペイン広場にマクドナルドが開店する際に、イタリアの食文化が失われることを危惧して反対運動が起きたことを発端に、ワイン・フードジャーナリストであったカルロ・ペトリーニによって立ち上げられた団体である。ペトリー二は、自著の冒頭で以下のように述べている。「ガストロノモ(美食家)とは感性を研ぎ澄まし自分の舌を肥やすことから、その食べ物がどんなものでどのように作られたかまでを視野に入れている人間なのである。」

スローフードは、伝統的、地域的な食文化が失われてしまうことを危惧し、指定した食品にロゴマークをつけることで市場に流通させやすくする保護活動や、生産者や料理人、消費者のネットワークをつくる活動を行なっている。今回の研究対象としたワインやチーズ、生ハム、野菜、果物などのスローフードに登録される食品は、光や熱、風、冷気や湿気などの地域特有の気候や地理的条件といった身の回りの自然を活かしながら生産されている。

そこで、このコラムのシリーズでは研究事例の中から気候や地形と密接に関わる建築部位である窓に着目し、スローフードに登録される地域固有の伝統食のおいしさと、身の回りの自然を活用する窓との関係に迫る。

 

今回はその中からイタリア北部のピエモンテ州に位置するヴェッサーリコ村のニンニクの生産に関わる窓について紹介したい。

ヴェッサーリコ村は、ジェノヴァからリグーリア湾に沿って西へと走った山間にある300人ほどの人々が暮らす小さな村だ。300-600mの小高い山々に囲まれているため、気候が温暖で、冬でも零下になるのはシーズンに1-2回ほど。

  • 山間にあるヴェッサーリコ村

この土地でのニンニクの栽培は、1760年のジェノヴァの古文書に記載があることから、それ以前に既に普及していたと推測されているが、詳しい来歴は不明とされている。当時の村の主な生産物はニンニクだったが、生産する農民は一時期2-3人まで減ったという。2000年代にスローフードに登録されてから、伝統的な生産方法が引き継がれ、徐々に生産者の数が増えてきているそうだ。

  • ヴェッサーリコのニンニク

ヴェッサーリコ村のニンニクは、ニンニクの中でも濃厚な香りとスパイシーな味が特徴とされる。そのニンニクと卵、オリーブオイルを混ぜてつくったマヨネーズはAièと呼ばれ、マヨネーズをパンに塗って食べる料理は地域の伝統食である。

スローフードに登録される食品の生産者の住所や連絡先は、インターネット上に公開されている。その情報を通じて今回私は長年ニンニクを栽培しているロベルト・マリーニさんのニンニク生産を調査させていただくことになった。

  • ニンニク乾燥小屋。ロベルトさんの作業場を兼ねる

ニンニクの栽培は原産地とされる中央アジアのように乾燥した気候と、根が腐らない水はけの良い石灰質の土壌で行われる。中でも、ロベルトさんの畑は南向きに配置されており、石積みの段々畑で育てることによって、水はけを良くしているそうだ。

  • 石灰質土壌の段々畑

10月にニンニクの球根を一片ずつにばらして植え込まれたタネは、1月上旬には芽が出る。日差しが明るくなる3月ごろから少しずつ大きくなり、初夏に入ると急速に葉が伸びて地中の球根が肥大する。そして、葉が黄色くなり折れ曲がってきたら収穫どきだ。

この地域では、ジャガイモやエンドウ豆などの野菜が二年に一度植えられて輪作が行われることで、土壌の栄養バランスが取れ、収穫量や品質が向上する仕組みになっている。

  • 1回目の乾燥を行う庇のある木棚

6-7月に掘り出して、畑に数日置いて少し乾燥させてから納屋へ運び、1ヶ月間棚に広げて陰干しする。陰干しは木棚の上に御簾のような通気の良い材料を敷くことで行われる。

その後、ニンニクの一番外側の皮を剥き、きれいにする。この時、葉鞘(ようしょう)と呼ばれるニンニクの茎を通常は取りはずしてしまうのだが、ヴェッサーリコ村ではそのままの状態にしておく。球根は直径の大きさによって分類される。

  • ニンニクを大きさごとに仕分ける

その後、13-15個の球根の茎を三つ編みにし、“レステ(Reste)”と呼ばれるひとつの束にする。この形でニンニクを出荷するのがヴェッサーリコ村の特徴だ。茎を残してレステにすると、ニンニクの球根の内側にある発芽葉が休眠から覚めにくくなる。そのことでニンニクが保護され、7-8ヶ月間保存することができるのだ。

茎を編む際はロベルトさんが製作した専用の作業机で行う。2、3個のニンニクを中心の茎として、下からニンニクをひとつずつひと巻きさせて固定し、最後に三つ編みにして束にする。

束にしたニンニクをより新鮮に長期間保存するために、室内の窓際に吊るす。この時に大事なのは「ニンニクの束の下に微風を送り続け、高温多湿にしないこと」だという。

  • 三つ編みにしたニンニクを窓際のフックに引っ掛ける

このニンニク乾燥小屋の窓は興味深い。なぜならニンニクと人のために窓が設計されているからだ。小屋の下部には上下二段のルーバーのついた換気用の窓(ガラリ窓)、上部にははめ殺しのガラス窓が連続する。

  • 上下内倒し式のガラリ窓と明かり取りの窓が連続する

上下内倒し式のガラリ窓は、南方のリグーリア海から山間に向かって吹く風を取り入れニンニクを長持ちさせる。それぞれのガラリ窓が内倒しにできるのは、夏の間の暑い時期や風が吹かない時期に、より多くの風を取り入れ、湿度を調節するためだという。
上部のはめ殺しのガラス窓はニンニクの大きさを仕分けたり、ニンニクを束にするための作業机に明かりを取り入れたりするためのものだ。

  • ニンニク乾燥小屋の外観

ヴェッサーリコ村のニンニクの生産工程に関わる建築を、広域断面図としてまとめると以下の図のようになる。

  • ニンニク乾燥小屋アイソメ図

リグーリア海の海風や太陽を活用するために、段々畑が南向きの下方の斜面地に配置され、庇のある木棚がつくられる。ニンニク乾燥小屋では吊るされたニンニクの下から風が入るように窓が配置されているのだ。
このように、食の生産に関わる建築は気候や地形的条件に適した場所に配置されていることがわかる。

  • ヴェッサーリコのニンニク生産の広域断面図
  • 窓越しにニンニクが吊るされる風景

同時に、こうした建築が村のなかで反復されることは、その地域特有の風景を形成する。夏から春にかけて窓越しにニンニクが吊るされて乾燥される様子は、ヴェッサーリコ村を象徴する風景のひとつとなっている。

 

正田智樹/Tomoki Shoda
1990年千葉県生まれ。転勤族の父と共に、フランス、インドネシア、中国、ベルギーを高校卒業まで転々と移り住む。2014-15年には東京工業大学塚本由晴研究室にて「WindowScape3 -窓の仕事学」で日本全国の伝統的なものづくりの工房の調査を行う。2016-17年イタリアミラノ工科大学留学。現地ではSlow Foodに登録されるイタリアの伝統的な食品を建築の視点から調査。2017年東京工業大学建築学専攻修士課程修了。2017-18年Slow Food Nippon 調査員として、日本の伝統的食品生産を調査。2018年-現在、竹中工務店設計部在籍。