August 27, 2020

横溝静|Today/Yesterday #1

ロンドン在住のアーティスト、横溝静さんによる新連載。日常が大きく変わりゆくなか、窓辺にさりげなく広がる日々の景色を写真とテキストで綴ります。1回目で取り上げるのは、かつて芸術家のコロニーと呼ばれた西ロンドンに位置し、代々アーティストが暮らしてきたというの家のはなし。

その家の最上階にある寝室には東と西に窓があって、ある朝、東側の大きな窓から見える明け方の空があまりに鮮やかなピンク色だったので、一枚写真を撮った。夜明けに鳴く猫に起こされて、やむなく明け方の空を眺めるようになったのだが、毎日、天気次第で変わる空の色の多彩さに魅せられ、そのうち猫がひたひたと階段を上がってくる前に目が覚めるようになった。

木の螺旋階段が上下を繋ぐその家は細長い塔のような4階建てで、てっぺんの寝室の窓から見る空は目の高さにある。厚いカーテンを開けると窓の左半分は高層フラットが占め、右半分にその日の空が広がる。べったりとした雲が覆う粉っぽい暗灰色の空、万年筆のインクのような群青色の空、黄金色の雲を浮かべて饒舌なほどのピンクの空。明け方の空の色はまだ仄暗い空間を満たし、 顔や手も、三脚やカメラも薄い幕がかかったように均等に染めた。露出を変えて数枚写真を撮り、そのままぼんやり外を見ていると、やがて朝一番の飛行機がまっすぐこちらへ向かって飛んできて、上空を通り過ぎ、ゆっくりと西の方角へ降下していく。その後は数分間隔で空のあちらこちらから飛行機が現れ、次々と窓を横切っていく。

西ロンドンのフラムにあるこの家は、1888年に建築家ジェームス・マクラレン1が、彫刻家のH.R.ピンケスのスタジオ兼住居として建てて以来、代々アーティストが住んできた家で、最後に住んだ彫刻家のケネス・アーミテッジが2002年に亡くなって以来、生前の彼の意向で、建物全体がアーティスト・イン・レジデンスとして提供されている。2017年にたまたまアーティストである私の相方がオファーを受け、私も飼い猫も一緒について行って2年3ヶ月の間滞在した。

この家に来る前に住んでいた東ロンドンは、今でこそアーティストやクリエイティブと呼ばれる業種のコミュニティが集中していて活気があるが、ここ西ロンドンのケンジントンやフラム、隣のチェルシー界隈は、かつては芸術家のコロニーと呼ばれた地域で、ターナーやロセッティが住み、近所にはこの家と同時期に建てられたフレデリック・レイトンの豪奢なスタジオ兼住居もあって、20世紀半ばに活躍したケネス・アーミテッジを含め、イギリス芸術史の中心を担う芸術家が数多く住んだ。2

ロンドンに長く住んで制作をしてきたといっても、私はこの国のアート・シーンの中心からは少し距離を置いたところにいる。移民も多く、人種や文化が混在する刺激的なイギリスのアート・シーンだが、アートは創造するクリエーターだけで成り立っているのではない。基幹となるのはやはり昔からアートを支えてきたシステムや人々であり、彼等にとって(意味の幅は思いがけないくらい広くても)「イギリスの」アートであることは、やはり大事なのだ。そこにどうしようもなく違和感を感じながらも、イギリスのアートの層の厚さと裾野の広さが心地よく、主に端っこの方で好きなように作品を作ってきた。私の相方も、英国人であるとはいえ、生まれはマレーシアで、半分中国人、イギリスのアート・シーンに対するスタンスは私と似たり寄ったりといえる。だから、それこそイギリスの芸術史の流れに確実に属する彫刻家の、歴史あるスタジオ兼住居に住んで制作していいよ、と言われたときの反応は、半信半疑の「え?僕が?」だったし、彼が私に朗報を伝えた時の私の反応も「え?なんであなたが?」だった。

二人してなんだか身の丈に合わないような、ちぐはぐな気持ちを抱えながらも、持ち家を持たない者の気軽さで引越して住み始めてみると、100年以上前に建てられたとはいえアーティストのために設計された建物は機能的で住みやすかった。住居のすぐ下がスタジオなので、朝食の後お茶を一杯淹れ、相方はお茶の入ったマグを抱えて地階のスタジオへ降りていき、私は、かつてはペインティングルームであった大きな窓のある部屋の片隅に陣取って、作業をした。昼には相方がランチに上がってきて、昼食後はまた作業、淡々とした毎日である。住む場所や環境が変わっても、自分たちのやることは同じだったから、別に生活が変わったわけではない。特に相方はいくつか展覧会を抱えていて超多忙だったし、私もその手伝いと自分の制作とで、周りをゆっくり眺める余裕も、先達に思いを馳せる時間もないままだった。

住んでからも、掃除のために中二階のアーミテッジの蔵書を収めたライブラリーに上がって、一時代昔の美術書や彫刻の技術書、小説などの並ぶ本棚の埃を払ったり、外に出て、オールド・マネーの匂いのする豪奢な煉瓦建ての住宅が並ぶ通りを歩いていると、現在のロンドンとはいえ自分以外の周り全てが過去に生きているようで、彼等の過去にはなんの繋がりもない私は、どこか身の置きどころがない気がした。しかし日々の作業と生活がルーティーンになり、身体が建物に馴染み、木の階段の踏むと大きく軋む部分を自然に避けたり、雨が降ると水漏れの心配のある配管の下からさっさと物を避難させたりするようになると、目の前の作業に夢中になっている時に、「あ、こういうことか。」と、腑に落ちることがあった。深い意味は何もない。毎日毎日少しでも作業を進めようと一心不乱になっている時に、「同じことを繰り返している」という感覚が一瞬過ぎるのだ。アーミテッジも、過去にこの家に住んだ他のアーティストも、時代やアートに対する考え方は異なっていても、試行錯誤しつつ手や頭を必死に動かしている時間の経験は恐らく変わらない。

窓の外がだんだんと明るくなって、風景が色を取り戻していくのを眺めながら、この今日の空に向き合っている時間を作品に取り込むにはどうしたらいいだろう、と考えるようになった。過去の瞬間瞬間を記録という集積にするだけでは、昔の記憶が存在を主張する私の周りの環境に加担することになるだけだ。そうではなくて、この家の窓越しに写真を撮っている私の「今」の時間が、構造として埋め込まれた作品になって欲しかった。

2020年の3月からの個展は、コロナウィルスのためにクローズし、7月に再開することができた。入口の壁にかかった2点の空の写真は、片方が「Today」で、もう片方が「Yesterday」。ギャラリーのアシスタントの人が、日が変わると「Yesterday」の写真を外して「Today」の写真を「Yesterday」の位置に移す。そして空いた場所に、新しい「Today」の空の写真を架ける。この毎日の架け替え作業を作品の一部にすることで、「今」を維持することが可能になった。この空の写真の展示は、ギャラリーの大きなガラス窓越しに外から見ることもできるから、見た人は、窓に映るその日の東京の空と一緒に記憶してくれたかもしれない。

 

編集者注
1. スコットランド出身の建築家。1875年にロンドンへ移り住み、翌年からロイヤル・アカデミー・スクールで学ぶ。建築家として独立する前から邸宅の設計に取り組み、生涯を通して教会住居、公園などの改修や設計を手掛ける。アーツ・アンド・クラフツ運動のパイオニアとして知られ、スコットランドにおけるヴァナキュラー建築の発展に大きく寄与した。

2. フラムは17世紀以前から陶芸と織物が盛んな地域で、19世紀後半にはアーツ・アンド・クラフツ運動の主導者であるウィリアム・モリスや周辺の工芸家やアーティストらがこの地域に暮らし、スタジオを構えた。こうした作り手たちの依頼を受けて、建築家が制作のための機能を重視したスタジオや住居をフラムに建てた例は少なくない。マクラレンは、筆者が住むレジデンスが建つ約10年前にもフラムのアーティスト向け住居を設計していたが、残念ながらそのときは実現には至らなかったという。

 

横溝静/Shizuka Yokomizo
1966年東京生まれ、ロンドン在住のアーティスト。
中央大学で哲学を専攻した後、ロンドン大学大学院でファインアートを専攻。写真やビデオカメラを用いながら、自己の存在と世界/他者の関係性をめぐる作品を制作している。