March 22, 2021

第34回 イスラエル・エルサレム編
「聖地の生活」

飛行機の窓から、ミルク色の大地が見えた。中国から西へ西へと向かって来たこの旅。エジプトから少し空を飛び、最後の目的地であるイスラエルに向かっていた。

着くや否や、空港で3時間も身辺調査をされてしまった。身なりが相当怪しかったのだろうか。他の国では経験したことのないそんな入国エピソードも、イスラエルの緊張感を物語っていた。
それはもちろん、聖地エルサレムの存在による。この国に来たのはもっぱら、この西側世界の信仰の中心とでもいえる都市を見るためだった。
沖積層に高層ビルの建ち並ぶ地中海に面した首都テルアビブから、東の方へ一時間ほど進む。空港からの車の窓越しに、空から見たあの白い大地が広がっている。土地全体が石灰岩質で出来ているのだ。エルサレムはその丘の上にある。

  • 飛行機から見たイスラエル

トラムが走る近代的な新市街の中に、重たい石の城壁で囲まれた地区がある。エルサレム旧市街だ。今もユダヤ、キリスト、イスラム、アルメニアの人々が居住区を分けて住み暮らし、国外からの巡礼者も後を絶たない。城壁の中に、マーケットもお土産屋も、聖地も神殿跡もひしめいている。城壁を含めたほとんどの建築物が、拠って立つ大地と同じ石灰岩を利用してつくられたもののようだ。世界の中心はミルク色であった。

  • 旧市街の通り

たとえばユダヤ教の聖地「嘆きの壁」は、元は紀元前20年頃に建てられたエルサレム神殿の壁で、およそ二千年にわたり積み重ねられた石灰岩でできている。近づくと、黒い服のユダヤ教徒が何やら言葉を書いた紙を石の間に詰め、壁に手を当てて祈っていた。彼らの祈りは、一生かかっても理解できないもののように見えた。

  • 嘆きの壁

一方キリストの墓とされる「聖墳墓教会」の地下聖堂など、石灰岩を掘ることで生まれた空間もある。
さらにイスラムの聖地「岩のドーム」は、ムハンマドが昇天したと伝えられる場所だ。青いタイルやカラフルな石柱による外観で、一見石灰岩とは関係ないように見えるが、実はこれは、ドームの中にある聖なる岩を保護するための建物なのである。残念ながら異教徒は入れないため、写真でしか確認できないが、丘の頂上には異形の石灰岩が地面から盛り上がるようにして祀られていた。つまり、特別な岩を見出したことにこの聖地の起源はあるのである。

  • 岩のドームの遠景

このように、エルサレムの聖地はみな石灰岩によって形成されている。その底には現在の宗教が誕生する以前の、ペトラ遺跡で見たような石に対する信仰があったのかもしれない。このミルク色の丘そのものが、あたかも三宗教の依って立つ旧約聖書のように思えた。

ひとつの信仰ももたない立場からの想像ではあるが、異宗教の人々と隣り合わせに暮らすのは、あまり平穏なものではないはずだ。街中のほとんどの建物の開口部に格子が嵌められ、厳重に防犯対策がされていた。日本人からすると異常だが、都市というものは本来このようなものなのだろう。ユダヤ地区には石造りのアーチに合わせてつくられた、ユダヤ教のアイコンであるメノーラー(燭台)をモチーフにした格子窓も見られた。

  • ユダヤのアイコン・メノーラー(燭台)の窓

さて旧市街の人々は、聖地と同様、何百年も前からそこにありそうな石の建物に住んでいる。石は堅固であるがゆえに、動かしがたい。住むのは我々と同じ現代人であるから、その生活には不便も多いはずだ。
高いところから見下ろしてみると、石造りの建物の裏手に見える様々な増築部分から、この街の切実な暮らしを覗くことができる。
飛び出したベランダはその一例だ。古い建物には十分に洗濯物を干すスペースもなかったのだろう。聖地の住人だって外で洗濯物ぐらい干したり、お茶を飲んだりもしたいはずだ。これらのベランダは、主構造の重厚さ、窓の少なさから必要とされた明るい半外部空間という意味で、イランの東ギーラーンの住居や、インドの張り出しの家にも通ずるものがある。
さらに細かく窓に注目すれば、かつてアーチ型をしていた開口部を埋め、四角い窓につくり替えているものが多い。既製品の窓の手軽さが、建物の表情を変えさせているのだ。

  • 旧市街の建物の裏手を見下ろす

屋根には傾斜屋根と陸屋根が混在し、その陸屋根にはしばしば奇妙なぽっこりとしたふくらみが見られる。これが何なのかついぞ分からなかったが、内部がドーム空間になっているのか、あるいは屋根の排水のためのものかもしれない。このぽっこりの横にはアンテナや太陽光をつかった給湯タンクなどがたくさん置かれている。歴史的建造物で構成された旧市街にも、現代インフラは容赦なく空間を要求してくる。

こうして街を歩いてみると、石造りから飛び出た増築部分のなんと多いことだろう。飛び出たスペースが内部化され、ポツポツと小さな窓が設けられているのは、トイレや浴室などの水回りのためと思われる。増築部分の窓には既製品がしっかり嵌め込まれており、一階の開口部に外から取ってつけた窓枠との対比が面白い。歴史的建築の不便さと格闘するエルサレムの、もうひとつの景色である。

  • トイレが飛び出ていると思われる増築部分
  • 旧市街の城壁越しに見える、増築して飛び出た住居  

ミルク色の世界の中心は、その「石」という存在の動かし難さゆえに今まで守られてきた。そしてまたその動かし難さゆえに、住人たちはいろいろ苦労しているともいえそうだ。
だが、動かし難い石造りをどうにか住み良くする中ではみ出してきたものたちは、宗教を越えた、この土地の人々の生活の姿である。エルサレムで見たこの「人間くささ」に、彼らが何千年もそうしてきたように、今まさに街が生き存えようとする姿を見たような気がした。

 

田熊隆樹/Ryuki Taguma
1992年東京生まれ。2014年早稲田大学創造理工学部建築学科卒業。卒業論文にて優秀論文賞、卒業設計にて金賞受賞。2015年度休学し、東は中国、西はイスラエルまで、アジア・中東11カ国の集落・民家をめぐって旅する。2017年早稲田大学大学院・建築史中谷礼仁研究室修士課程卒業。修士論文早苗賞受賞。2017年5月より台湾・宜蘭の田中央工作群(Fieldoffice Architects)にて黃聲遠に師事。