July 3, 2019

第26回 イラン タフテ・ソレイマーン編「囲うことから」

イラン北西部・ザンジャーンから相乗りの格安タクシーに乗り込み、古代遺跡、タフテ・ソレイマーンを目指す。タフテ・ソレイマーンは巨大な火口湖を中心とした遺跡群であり、ゾロアスター教の聖地とされている。現在残る遺跡はゾロアスター教を国教としたササン朝時代(A.D.226-651年)のものが主だが、歴史的には紀元前にまで遡るとされ、遺跡はその後も長い時間をかけて増改築がおこなわれてきた。

タクシーは150kmほど離れた場所にある目的地に向け、山道をどんどん登っていく。窓の外にはとても人が住めそうにない荒野が広がっている。気温はすでに一桁だった。車内では運転手が温かいチャーイ(濃い紅茶)をふるまってくれた。角砂糖を口に放り込んで溶かしながら飲むのがイラン式なのだそうだ。荒野はやがて雪景色に変わった。

こうして2時間ほどで到着した目的地には全く人気がなく、あたりはすでに軽い吹雪になっていた。一抹の不安を覚えつつ他の乗客を乗せたタクシーを見送る。だだっ広い雪景色の中、小高い丘を囲むタフテ・ソレイマーンの城壁だけが見えた。

  • タフテ・ソレイマーンの遠景

城壁の中に入ると、かすかに湯気の昇る大きな火口湖の青々とした水面が目に入ってきた。火口湖は直径約100m、水深約100mにもおよぶという。隣にはゾロアスター教の儀式につかわれた拝火神殿をはじめとするいくつかの施設が残されている。吹雪の中、掃除をしていた作業員のおじさんが中を案内してくれた。

  • 水深100mの火口湖。まわりの雪は溶けている

「ササニアーン!」「モンゴル!」「イスラーム!」とおじさんは次々と遺跡をスコップで指し示しながら遺跡の建てられた時代を教えてくれる(聞いている方は何が何だかよく分からない)。

そんな中で目を引いたのは、ササン朝時代の回廊だった。細長く延びるヴォールトのトンネルが、先が見えなくなるまで続いている。イランのイスラーム建築に大きな影響を与えたササン朝建築の特徴に、「イーワーン」と呼ばれる奥行のあるアーチ空間がある。その最も素朴な技術の例がこの奇妙な背の高いアーチの連続に見られるのかもしれない。その大部分は修復されたものであろうが、回廊の途中にはところどころ人がひとり入れるほどの大きさの開口部がつくられており、かつてここに兵士が立っていたのだとおじさんは実演してみせてくれた。

  • ヴォールトの回廊

同じく住居跡とされる部分ではアーチ型の出入口とその上面に設けられた開口からの光が、ヴォールト天井をなめらかに照らしていた。出入口とは別に人が入れないくらいの大きさの窓を開けるのは、いくつかの住居跡に共通したつくりであった。扉を閉めたら真っ暗になってしまうため、その上部で別に採光する必要があったのだろう。窓をつくる面の少ない空間ゆえ、必然的に発生したこのような窓に、つい数カ月まえに中国で見たヤオトン住居を思い出した。

  • 住居跡

こうして遺跡群を見て回ったが、雪のためその全貌を把握することはできなかった。しだいに強まる吹雪も気になってきたところで、帰る手段がないことに気づいた。どうしたものかと遺跡の横の小さな建物をたずねると若い男が出てきてくれた。彼は研究者でここに住み込んでいるという。

彼によると火口湖の水は飲めず、最近も湖に入ったまま見つからなかった人がいるという。火口湖は人々にとってすこし怖い、危険な「穴」のような存在なのだ。火口湖がどのようにつかわれていたかも実はあまり分かっていないらしい。農業用だったかもしれないし、もしかしたら死者を祀るものであったかもしれない。ただ、王が火口湖に怪物を封じ込めたという伝説もあるように、ゾロアスター教の重要な儀式がここで執りおこなわれていたことは間違いないようだ。研究者はそう言って近年の儀式での写真を見せてくれた。

環境の特異点であり、土地の歴史においても深い意味をもつ大きな火口湖。配置平面図を見ればあきらかなように、この遺跡はこの湖を「囲う」、つまり自分たちのものにしようとすることからはじまっている。

この「囲う」という行為は、イランの大荒野においてもっとも初源的な建築行為といえるだろう。ゾロアスター教は火を神聖視するため別名「拝火教」とも呼ばれるが、火を「囲う」(安置する)閉鎖的な空間のために、木材でなく石や土で覆う空間が求められたとすれば、アーチやドームという建築技術の発達とも、深いところで繋がっているのかもしれない。

  • タフテ・ソレイマーン配置平面図。湖を人間のものにしようとする意図が感じられる

周囲の雪を解かし、真っ白な風景の中に火口湖の巨大な「穴」がぽっかりと口をあけている。眼前に広がるこの温かい湖がどれだけこの場所にとって特別なものなのかは想像に難くない。

研究者に別れを告げた後、30分ほど吹雪の中をさまよい遭難しそうになりながらも、ヒッチハイクによって親切なイラン人に近くの街まで送ってもらえることになった。ようやく現実に戻り、壁も屋根もある暖かいホテルに着いたのは、日付が変わるころだった。

 

田熊隆樹/Ryuki Taguma
1992年東京生まれ。2014年早稲田大学創造理工学部建築学科卒業。卒業論文にて優秀論文賞、卒業設計にて金賞受賞。2015年度休学し、東は中国、西はイスラエルまで、アジア・中東11カ国の集落・民家をめぐって旅する。2017年早稲田大学大学院・建築史中谷礼仁研究室修士課程卒業。修士論文早苗賞受賞。2017年5月より台湾・宜蘭の田中央工作群(Fieldoffice Architects)にて黃聲遠に師事。