森尚也(ベケット研究者)

神戸女子大学文学部英語英米文学科特任教授。1954年、岡山県岡山市生まれ。岡山大学大学院博士課程単位取得退学。専攻はアイルランド文学、近代思想。主な著書に、『ベケット大全』(共編著、白水社、1999)、ジェイムズ・ノウルソン『ベケット伝』(共訳、白水社、2003)、Beckett At 100: Revolving it All(共著、Oxford University Press, 2008)、『ライプニッツ読本』(共著、法政大学出版局、2012)、『ベケットを見る八つの方法』(共著、水声社、2013)、『サミュエル・ベケットと批評の遠近法』(共著、未知谷、2016)などがある。

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February 17, 2021

無窓性、あるいは消える小さな窓
—サミュエル・ベケットの世界観

まるで窓がないような世界を、演劇作品や小説で描いた大家、サミュエル・ベケット。哲学者ライプニッツの影響を受けたその世界観の研究者・森尚也さんによれば、ベケットは「独我論」を象徴する「閉ざされた窓」から、やがて「共生」にかろうじて通じるような「小さな窓」について書いていったといいます。ベケットのヴィジョンは、今の私たちに問いかけるようです。

 

「そこで私は家へはいって、書いた、真夜中だ。雨が窓ガラスを打っている。真夜中ではなかった。雨は降っていなかった。」(ベケット『モロイ』安堂信也訳)

20世紀演劇の古典となった『ゴドーを待ちながら』(パリ初演:1953)を書いたサミュエル・ベケット(1906-89)の小説の代表作『モロイ』(1951)結びの一節である。「窓」を喚起しつつ、すぐさま掻き消される「窓」。ぼくにとってはこれが、最初の一撃を受けたベケットの不思議な「窓」だった。

1988年の秋、英国レディング大学図書館のベケット・アーカイヴでベケット草稿を研究していたときのことだった*1。当時未刊でベケット最後の散文となるStirrings Still(「なおのうごめき」、1989)という短い作品の初期草稿のひとつに 「窓なき小部屋はとても暗くて昼か夜かも分からず」(So dark is his windowless cell that no knowing whether day or night)*2 という一文があった。次の段階の草稿で「窓なき小部屋」(windowless cell)という言葉は消されたが、気になった。というのも作品の冒頭に「窓」は出てくるのだ