フランチェスコ・ザノット(写真評論家/キュレーター)

Francesco Zanot (Photography Critic & Curator)

写真を専門に、数多くの展示や執筆を手がける。マーク・コーエン、グイド・グイディ、オリボ・バルビエリ、ルイジ・ギッリ、ホンマタカシ、リンダ・フレグニ・ナグラー、フランシスコ・ジョディス、ボリス・ミハイロフらの作品集に寄稿。主な共著にエリック・ケッセルスとの『The Many Lives of Erik Kessels』(2017)、アレック・ソスとの『Ping Pong Conversations』。芸術学校IGCO/NABA(ミラノ)フォトグラフィー修士課程のディレクターを務めるほか、コロンビア大学(ニューヨーク)、ローザンヌ州立美術学校、ヴェネツィア建築大学など、様々な学術機関で講義、講演を行なう。2017年、プラダ財団がミラノに開設した「Fondazione Prada Osservatorio」では、オープニング・エキシビション「Give Me Yesterday」をキュレーションした。

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July 11, 2019

写真は窓辺で生まれる―象徴と写実

先駆者たち(2) タルボット

「大通りの眺め、パリにて」、1843年

1843年5月から6月にかけて、ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットはイギリスを離れフランスに滞在していた。旅の目的は有望なカロタイプ技術者の育成、そして海峡を挟んだ向こう側にも自身の技法を広め、商業的成功を収めること。ダゲールのそれに比べ、彼の手法は紙をベースにしたネガを用いることで複数枚のプリントを作成することができるという大きな利点を持っていた。熱心なアシスタントであったニコラス・ヘンネマンの協力のもと、機材と共にレイコック・アビーから400マイルもの旅路を経て、パリ中心部、「テュイルリー宮殿を正面に見据える、カルーゼル広場に面した背の高い寂れた建物」1にスタジオを開いた。イポリット・バヤール(自身の発明に目を向けようとしないフランス政府に対する抗議として、1840年10月に自ら被写体となり撮影した「溺死した男」の写真で知られる)、アンリ・ヴィクトル・ルニョー、ジャン=バティスト・ビオ、アルマン・フィゾーやジャン・ルイ・ラセーニュなど紙ネガを使用した写真の先駆者たちは、5月29日の夜にタルボットと夕食を共にした後も、彼のスタジオに通っていたようだ。

March 28, 2019

写真は窓辺で生まれる―写実への闘い

先駆者たち(1) ニエプスとダゲール

Photographieの実験報告で紹介した比率にもとづき、多量の水で硝酸を薄め、硝酸銀溶液を配合した。はじめて硝酸銀溶液を作る場合も、同様の報告を参考にされたい。薄紙の片面を硝酸銀溶液で濡らしてカメラオブスクラ1 の背面に配置し、縁を貼り付け、平らの状態を保った。窓の外の住宅のイメージを薄紙にしっかりと写すために、カメラオブスクラのレンズが住宅と平行なるようにセットした。この状態でカメラオブスクラを放置し、2時間後に戻ると、光に照らされた硝酸銀が茶色に変色していることが確認できた。2