July 15, 2014

VOL.6最終回 まど文化論 言語学的考察のさらなる展開に向けて 

植田康成

言語学者 植田康成が世界各国の「まど」の語源に迫る。窓という言葉の概念がどのように拡張されていったのか、その過程を探る。最終回は「まど」に関する文化論的考察のさらなる発展の可能性を述べ、本コラムを総括する。

1.はじめに
これまで、語源の類型化を出発点として、比較対照言語学の観点から、日独英伊4言語における「まど」の語を分析してきた。最終回となる本稿では、「まど」に関する文化論的考察を深めるために、比較対照言語学の分野が、さらにどのような研究テーマを提供し得るのか、将来の課題として述べてみたい。

何をもって、ある文化に「まど」が根付いたと言えるのか。一つには、家屋に設けられた物理的構築物としての開口部 (窓) が、その機能を展開、拡張させていくことである。しかし、それだけでなく、「まど」という語が転義的な意味内容を獲得し、概念化していく過程も見逃すことはできない。例えば、前号で紹介したように、英語でa window of the world (世界への窓) という時、windowの語は、もはや実際の家屋の窓を意味しない。そこには、「外界との接点」という概念が付与され、全体として「閉ざされた内輪の社会から外部へ目を向けること」を慣用的に表現している。言い換えれば、英語の世界では、「窓」を、家と外界の接点として捉え、他の場面にも転用している。

言語は、対象世界における事物、歴史、社会を反映する。また逆に、対象世界に変革、革新をもたらすこともある。構築物としての窓の進化が言語にどのように反映されてきたのか、「まど」が人々の言語活動に及ぼす作用について考察し、当該文化に「まど」が一定の地歩を占めていく道のりを理解すること、それが、筆者の考える言語学的アプローチによる窓の文化論である。これまで紙面の都合上立ち入ることのできなかった点も含め、さらなる研究の可能性について考えていく。

2.「まど」の対照語源学
本シリーズで取り上げなかった言語にも目を向けて、諸言語間の「まど」の語源を比較対照していけば、語源の類型化もさらに展開し、また、各々の言語圏における「まど」文化展開の歴史と実態が見えてくるだろう。

たとえば、スペイン語の「まど」を意味する語ventanaは、ラテン語のventus (風) に由来する。同じラテン語の後継言語であっても、イタリア語のfinestraや、フランス語のfenêtreとは、まるで異なった語形となっている。それはなぜなのか。また、トルコ語では、窓のことをpencereという。ペルシャ語起源の語であるが、意味は「4つの壁からつなぐ5つめの道」である。これは窓のどのような機能に着目しているのか。興味は尽きない。

また、同一言語内における方言に目を向けることも考察の一助となる。筆者の郷里、奄美群島に属する徳之島 (鹿児島県) の方言では、「目」も「穴」も同じ語 (mï) で表現するのだが、このことは、日本語の「窓」の語源と意味拡張の背景にある考えを示唆してくれる。日本語の「窓」の語源は「目の戸」である。身体を基盤として窓を捉えていることが分かる。そして、その「展望」機能を共通項として、「目は心 (魂) のまど」といった転義的用法が生まれた。さらに、損失が生じることを「窓が開く」と表現するとき、「窓」は本来閉じているべき「穴」に喩えられている。これはしかし、窓が、突拍子もない二つのかけ離れたものに喩えられているわけではない。本来、目が収まっている「眼窩」の「窩」は「あなぐら」、「むろ」を意味する。また重要な点を見落とす目を「節穴」と表現するなど、日本語では、「目」を「身体に開いた穴」と捉える表現が数多く存在する。すなわち、日本語では、語源だけでなく、「窓」という語の概念化にも、「目」に対する捉え方が影響している。

3.イディオムをもとにしたカリカチュア
イディオム表現 (慣用表現) は、その多くが比喩的な用法である。すなわち、抽象的な事物を、具体的で慣れ親しんだ事物のイメージを借りて、直観的に分かるようにする表現手段である。新聞には、イディオム表現が持つそのような特徴にヒントを得て描かれたカリカチュア (戯画) も多い。それらを言語別に比較対照することも研究テーマとなり得る。ここでは一例を挙げる。

上のカリカチュアは、イタリアの日刊紙に載ったものである。uscire dalla porta e rientrare dalla finestra (ドアから出て行った者が、再び窓から入ってくる=厄介払いしても、しつこくつきまとう) というイディオムをもとにして描かれたものである。10ユーロ紙幣に描かれた建物のドアからは、政治資金を過剰に獲得している議員が出て行く。しかし彼らは 20ユーロ紙幣に描かれた建物の窓から舞い戻ってくる。イタリアでも各政党に交付される補助金の減額については、久しく議論されているが、いっこうに政策としての実行に至っていない。それどころか、ますます増額される始末である。その事態を批判している。 (Corriere della Sera, domenica 26 maggio 2013)

4.「まど」のことわざ比較対照
ことわざは、それぞれの言語文化圏に生きる人々の生活の知恵や、地理的条件、文化、経済もろもろの要因が反映している。「桑の葉を軒や窓に刺しておくと落雷しない」、「金神の方向に窓を開けると悪い」といった日本のことわざは、ドイツ語や英語など欧米言語との対照では日本特有に思えるが、たとえばアジアの他の言語文化圏には似たような教えがあるかもしれない。諸言語文化圏のことわざ、各々の言語文化圏内における地域的なバリエーションについて、さらに追求していけば、「まど」の多面性、多様性が浮かび上がって来るであろう。

もっとも、グローバル時代、言語文化の面でも、言語の境を超えた交流がある。本来のものと外来のものを区別することが困難になりつつある。しかし、どのような言い回しを取り込むかについて、各言語文化が独自に取捨選択している、とも言える。必ずしもすべてが均一化の方向に向かうわけでもない。その点を考慮すれば、言語間の比較対照は、今なお意義深いテーマである。

5.そのほかの言語文化に見られる「まど」
ウィットやジョーク、物語といった、複数の文で構成されるテクスト、あるいは上で紹介したようなカリカチュア (戯画) にも「まど」は多数登場する。たとえば、次のようなジョークがある。

炎熱の砂漠を2人の男が横断している。一人は自動車のドア (窓枠) を担いでいる。それほど重いものをどうして持ち運んでいるのか、ともう一人が尋ねると、答える。「暑さが耐えきれなくなったとき、窓を開ければ、涼しい風が吹いてくるからさ。」

このオチは、言うまでもなく、窓の「換気」機能を前提としている。

欧米の言語文化には、窓を「外界との接点」と捉える視点があることを前号で確認した。窓は、安全な屋内と危険な外界を隔てている境界である。その点を思い起こすなら、森をさまよい、疲れ切ったヘンゼルとグレーテルがお菓子の家にたどり着いたときの喜びを追体験するとき、欧米言語圏の読者が想像するそれは、日本の読者が想像する以上のものではないだろうか。窓の内側に住む者が魔女であることを知ったときの絶望の大きさに関しても同様である。グリム童話ヘンゼルとグレーテルでは、欧米の言語文化圏の人々がもつ窓に対する一般的期待を裏切っている。人家に行き着いて助かったと思ったのは、つかの間でしかなかった。窓の内側に救いはなかったのである。

上のカリカチュアは、ヨーロッパで狂牛病 (BSE) が流行した時代にドイツの日刊新聞に載ったものである (Badische Zeitung, 24. Juli 1996) 。グリム童話の「ブレーメンの音楽隊」をモチーフとしている。窓から侵入してくる恐怖、敵 (狂牛病) を表している。ここにも、窓を危険な外界との接点と捉える視点がある。

6.おわりに
言語学は、経験科学である。言語資料を分析し、その分析結果にもとづいて、仮説を立て、検証を重ねていく。録音された音声でも、書き記された文字でもよいのだが、いずれにしろ、言語研究は、言語資料の存在を前提としている。現在、この地球上には、6000から7000の言語があるとされているが、実際に研究の対象となり得ている言語は、ほんの1割前後である。すなわち、言語のほとんどは録音もされず、文字も持たない。しかも、それらの多くは消滅の危機にさらされている。

言語学的アプローチから「まど」の文化論に迫ろうとするとき、その成果は、どれだけの言語に関して、いかほどの資料を入手し得るかにかかっている。筆者は、これまで日独英伊の4言語を考察の対象としてきた。より多くの言語を扱い、本稿で示したような、さまざまな研究分野において追究していくなら、「まど」文化考察は、さらに無限の可能性を秘め、一層奥行きのあるものとなっていくだろう。

 

7.参考文献
これまであげた参考文献以外に、本稿については、次の辞典を参考にした。
Moliner 1987, Maria Moliner, Diccionario de uso del espaňol. Madrid: Editorial Gredos, 1987.

植田康成/Yasunari Ueda 1948年、鹿児島県大島郡徳之島生。神戸大学文学部哲学科卒業、広島大学大学院文学研究科修士課程修了。千葉大学人文学部助手及び講師、九州大学教養部助教授、広島大学文学部助教授、2001年より広島大学大学院文学研究科教授、2013年同退職。博士 (文学) 。専門は現代ドイツ語研究。とりわけ、日独慣用表現の対照研究及びカール・ビューラー (1879-1963) の言語理論を中心とする研究。ドイツ社会言語学、応用言語学 (外国語教育) 。近年は、日独イディオム対照研究の成果にもとづいて語彙学習に対する提言を行うことを目指している。