October 18, 2013

VOL.2 ドイツ語におけるFenster

植田康成

言語学者 植田康成が世界各国の「まど」の語源に迫る。窓という言葉の概念がどのように拡張されていったのか、その過程を探る。日本語につづく第2回はドイツ語において窓を表す「Fenster」を考察。

1.はじめに

日本語の「窓」に相当するものをドイツ語ではFensterと言う。この語は、ローマ帝国時代、ゲルマン文化圏にローマの建築様式がもたらされた際、共に取り込まれたラテン語fenestraがもととなっている。 (さらに、そのラテン語は「見えるようにする、光を与える」という意味のギリシャ語phàinoに遡る。) 現代ドイツ語の語彙としてすっかり定着しており、母語話者の中にも、ラテン語由来であることを知る者は僅かであろう。

しかし、本来、ゲルマンの人々は「まど」をWindaugeと呼んでいた。これは英語のwindowと語源を同じくする語で、「風の目」という意味である。つまり、ドイツ語のFensterは、基層言語 (※) としてのゲルマン語を、異なる言語文化圏に属するラテン語が覆い尽くす形で広まった。この事実は、ドイツ語圏の人々の「まど」に関する言語文化に影響を及ぼしているだろうか。本稿では、この点を検討する。

※基層言語:その地域の被支配層が元々母語として使っていた言葉で、征服者の言語に置き換わった後も影響を与える言語

2.Windauge (ゲルマン語)
タキトゥスの『ゲルマーニア』によると、古代ゲルマン人の住居は、木材や藁、土など軟材を使用したものであった。切り石や煉瓦など加工された硬材を用いているローマ建築と異なり、寒気をしのいだり、敵の手を逃れることに重きを置いた簡素なものであったようだ。

それぞれの語源からも推察されるように、窓に関して、古代ゲルマン人とラテン語圏の人々では、その捉え方に違いがある。ローマ建築における窓は、堅牢な石造りの仕切り壁あるいは城壁に設けられた開口部分、穴であった。一方、古代ゲルマン人の住居は、木材で作った柱の間を、織った葦で埋めた素朴なものだった。彼らの居住する北欧の寒さを完全にしのげる家屋であったとは考えにくい。Windauge (風の目) という語の命名動機として、窓から住居に入り込む外気の冷たさは、採光や換気という積極的な用向きよりもはるかにインパクトがあったのであろう。

3.Fenster (ドイツ語)
―ドイツ語圏に新しく取り込まれた文化 (建築様式) としてのFenster
前述のようにFensterという語はドイツ語に定着している。Fensterを構成要素とする複合語やイディオムも生み出されている。

語のレベルで言えば、ドイツ語辞典Duden - Deutsches Universalwörterbuch (2013) には、それ以前の版にはなかった語として、Bogenfenster (アーチ窓) 、Sprossenfenster (アコーデオン窓) 、Fensterangel (窓掛け) などが収録されている。

イディオム表現の例として、たとえば、aus hohen Fenster blicken (高い窓から見る) は、「尊大である、傲慢である」という意味で用いられる。またBeim mittleren Fenster stehen (中ぐらいの窓に位置している) とは、「ほどほどの慎ましやかな生活をする」という意味である。これらは、ローマ文化流入以後に生まれたイディオムである。いずれも窓が平屋のものではなく、複数階をもつ建物のものであるからである。庶民は、城など幾層もの階をもつ豪華な館に住むことはできなかった。家屋が居住空間の確保という使用価値を超えて、次第に富や社会的地位を表す付加価値を帯びて捉えられていたことを示している。

また、das Geld zum Fenster hinauswerfen (窓から金を捨てる) は、「無駄遣いをする」という意味で用いられる。日本語では「溝に捨てる」と言うところだろうが、ドイツは、通りは石畳である場合が多く、通常、排水溝はふさがれている。家屋の内と外は完璧に遮断されており、外界との接点は、敵の侵入を防ぐために強固にしつらえられた窓であった。つまり、無駄なものを捨てるとなれば、戸外に出る必要はなく、直接窓から捨てればよかったのである。

―古代ゲルマンの「まど」を想起させるFenster
しかし、ことわざには、表向きFensterという語を用いながら、ゲルマン時代の考え方が顔を覗かせていると思われるものがある。

たとえば、Grosse Fenster zieren ʻs Haus. (大きな窓は、家の飾り) 。これにはVon grossen Augen (大きな目について) という説明が付記されている。家の壁に設置された窓を、人間の目と見なしていることから、その捉え方は、窓を「風の目」と称した古代ゲルマン人のものであると言えよう。

Ein Fenster auf, macht gesunden Lebenslauf. (窓を開けると、健康な生活) は、寝室と居間に新鮮な空気を入れるように勧めるものである。併記されている元のラテン語の言い回しは、Fenestram aperi ab oriente et aquilone, meridianam et occiduam claude (東と北の窓を開け、南と西の窓を閉じよ) である。ラテン語のことわざは、南と西から吹き寄せてくる熱風を避けて、東と北の涼風を入れるように促している。それがドイツ語では、北の気候風土にあわせて、部屋の換気の重要性を訴えるものに変化した。実際、寒いドイツでは、すきま風を嫌うあまり、部屋を密閉することになる。Es zieht. (スースーする) という表現はドイツ人の口癖ともいえるほどだが、共に部屋にいる者がこの言葉を口にすれば、それは「窓を閉めてくれ」という要望である。それほど外気が部屋に入り込むことに敏感である一方、密閉された部屋の空気は淀む。換気の大切さをことさらに訴えなくてはならなかったということだろう。

4.Fensterに関する俗信、迷信
『ドイツ迷信辞典』によると、Fensterに関する俗信や迷信は、とりわけ霊魂と密接に関連している。

窓は「魂の飛び去っていく穴」 (人が亡くなったときには窓を開け放ち、魂が飛び去っていくようにする) であり、「霊魂がとどまるところ」 (死者の魂が夜に窓をたたく) である。「種々の祭礼、呪術的行為」 (大晦日に回し飲みしたコップを窓の外に投げる) が行われる場所でもある。「窓から出たり入ったりすることは、危険」であると言われる。また、窓は「病気を治癒」し (窓の露を目の周りに塗りつけると目の痛みが治る) 、「災いを避ける」力を持つ (落雷を避けるため、オトギリ草 (Johanniskraut) を窓に差し込む) 。

これらの俗信では、家屋を生命や霊魂が宿る身体になぞらえている。窓は人間の目に喩えられ、死霊や悪霊が徘徊する外界との接点として、災いを避けるために重要な役割を果たしている。

5.おわりに
Fensterの借用とともに、ラテン語の言い回しも取り込まれ、ドイツ語話者たちの思惟もその方向に変容してきた。他方、ことわざや俗信、迷信の世界を覗いてみると、そこには、ゲルマン固有語Windaugeが使用されていた時代の世界の捉え方が垣間見える。いったん思惟の世界に取り込まれたものごとは、集団の記憶、一つの文化財として伝承され続けていき、人々の考え方や行為を左右する側面がある。ドイツ語圏の建築物、窓のあり方のこれからの進化、発展を観察するとき、その点も考え合わせてみると、さらに興味深い発見があるかもしれない。

 

参考文献
・Horst und Annelies Beyer, Sprichtwörterlexikon. Sprichwörter und sprichwörtliche Ausdrücke aus deutschen Sammlungen vom 16. Jahrhundert bis zur Gegenwart. München: Verlag C.H. Beck,1987
・Duden - Deutsches Universalwörterbuch. Herausgegeben von der Dudenredaktion. Mannheim/Zürich. (Die 1. Auflage 1983, 3. Auflage 1996, 7. Auflage 2011)
・Duden Redewendungen und sprichwörtlichen Redensarten. Wörterbuch der deutschen Idiomatik. Bearbeitet von Günther Drosdowski und Werner Scholze-Stubenrecht. Nach den Regeln der deutschen Rechtsschreibung überarbeiteter Nachdruck der 1. Auflage.
Mannheim/Leipzig/Wien/Zürich: Dudenverlag.
・Duden Redewendungen. Wörterbuch der deutschen Idiomatik. Herausgegeben von der Dudenredaktion. Mannheim/Leipzig/Wien/Zürich. (Die 2. Auflage 2002, 4. Auflage 2013) (DUDEN BAND 11)
・Heinz Küpper, Wörterbuch der deutschen Umgangssprache. Stuttgart: Klett (1987)
・Bächtold-Stäubli (Hrsg.), Handwörterbuch des deutschen Aberglaubens. Berlin/New York: Walter de Gruyter, 1987 (Taschenbuchausgabe)
・Klaus Müller (Hrsg.), Lexikon der Redensarten. München: Bertelsmann Lexikon Verlag, 1994.
・Lutz Röhrich, Lexikon der sprichwörtlichen Redensarten. Freiburg/Basel/Wien: Herder, 1994. (Taschenbuchausgabe)
・Rolf Selbmann, Eine Kulturgeschichte des Fensters von der Antike bis zur Moderne. Berlin: Dietrich Reimer Verlag, 2010.
・タキトゥス『ゲルマーニア』泉井久之助訳註、岩波書店 (岩波文庫)
・Karl Friedrich Wilhelm Wander, Deutsches Sprichwörter-Lexikon. Ein Hausschatz für das deutsche Volk. Augsburg: Weltbild Verlag GmbH, 1987. (Unveränderter fotomechanischer Nachdruck der Ausgabe Leipzig 1867)

植田康成/Yasunari Ueda 1948年、鹿児島県大島郡徳之島生。神戸大学文学部哲学科卒業、広島大学大学院文学研究科修士課程修了。千葉大学人文学部助手及び講師、九州大学教養部助教授、広島大学文学部助教授、2001年より広島大学大学院文学研究科教授、2013年同退職。博士 (文学) 。専門は現代ドイツ語研究。とりわけ、日独慣用表現の対照研究及びカール・ビューラー (1879-1963) の言語理論を中心とする研究。ドイツ社会言語学、応用言語学 (外国語教育) 。近年は、日独イディオム対照研究の成果にもとづいて語彙学習に対する提言を行うことを目指している。