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September 4, 2017

第1回 自ら介入するデザイン・アクション:
窓をつくることで見える世界

小林博人 (慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授)

慶應義塾大学SFC小林博人研究会では、コミュニケーションをベースとした社会や文化そして空間のデザインへの介入を通して、地域社会における場所の豊かさやその根源をなす地域の微文化に根ざしたコミュニティの再生や強化、そして地域の新たな価値の創造を目指して活動を行っている。
この全5回のシリーズ「窓をつくることから学ぶこと」では、現在まで私たちの研究会で行ってきた窓にまつわるプロジェクトを紹介していく。特に研究プロジェクトとして行ってきた建築の建設を通して、窓をつくるという行為から見えてくる世界にフォーカスし考察を加えていきたい。

1回目の今回では、研究会活動全般について紹介し、そのなかから実作としての窓について触れ、その窓に託した思いを中心にお伝えする。2回目から4回目までは、2016年に行った3つのプロジェクトにおける窓を紹介し、その創作を通して学生たちがどのような発見をしたかについて、自らの言葉と映像、写真で綴ることとする。そして最終回の5回目では、それらを通して得られたことは何だったか、窓をつくることからどのような世界を見ることができるのかに言及したい。

建築設計やアーバンデザインは、人と関わる空間を形作る。一見つかみどころのない人的な集まりと一見人間とは関係のないように思われる物理的空間を占める形との関係が、それぞれ別々に形成されることは決してない。どのような人間の意識がどのような形を生み出すのか、またどのような形が人の心や身体に作用しうるのかを、様々なプロジェクトの実践を通して理解しようと試みている。

2005年以来、研究会のプロジェクトとして、従来の建築の設計や施工の方法論の先を見据え、建築が果たす社会的役割を理解し、社会の問題解決に貢献できるデザイン・ビルドの世界を模索する建築のテクトニックに根ざしたプロジェクトを行ってきた。そしてそこからより広い範囲に目を向け、社会のコミュニティの形態とその形に注目し、将来のあるべきまちの姿を構想するソーシャルキャピタルを創造するプロジェクトを行うことによって、建築スケールから都市のスケールまでを横断的に往き来する研究活動を行ってきた。

各プロジェクトでは、自らの身体を使って能動的に分析・解決・創作するデザイン手法によって、適切なタイミングで現地に赴き、土地や人をよく知り、柔軟な態度をもって問題を受け入れ、その場で求められる対応に的確に応えようとしていく。この過程を通して問題を自分のこととして身体化し、次の問題解決のための糧としていく活動を行っている。

2011年3月以降、国内外における災害を受けた地域や過疎により日常的生活が疲弊する地域、また異文化の交流を期待される発展途上国などに赴き、建築を建てることを通して、地域のコミュニティを再生し、住民のため、子供たちの将来のための明るい環境を創造することを目的とする活動を行ってきた。昨年までに行ってきたいくつかの建築プロジェクトをレビューし、その建築における窓の創作を通して考えた活動の意味を再考したい。

2011年、石巻市前網浜では漁村が津波に見舞われ活動の拠点であった集会所や倉庫が消失した。入江の村の8割の家が流され、再建には果てしない時間を要することが明らかであった。海を見ることが怖い、しかし海と暮らさなければならないという漁師たちの決意から、海を目の前にした集会所の再建を行うこととなった。漁師たちは、毎朝漁を終えて陸に戻ると、その足で現場にかけつけ自ら集会所の建設を行った。柱や梁を組み上げ、それを据えると、その上に乗り屋根を張った。

家が竣工したとき、その家は既に彼らの生活の一部になっていた。建築を自ら建設する過程を通して、自分たちのものにしていったのである。その家には眼前に海を望む開口がある。彼らの生活を支える海がそこにある。ここから見る海は今は静かだ。

ミャンマー、パテイン市の外れにあるマノヘリ村には、ある年ハリケーンが襲い、その翌年には干魃(かんばつ)が起こったために村の農業が一切崩壊し村ごと移住しなければならなかった人たちが移り住んだ集落がある。彼らの生活は農業に依存するも、その実態は厳しい。1年のうちの4カ月余りは雨季に見舞われ、その間耕作は行えない。

同時に子供たちも外に出て遊ぶこともできず、狭小な家の中では、小さい子供に対する家庭内暴力が起こりやすい。地域のYMCAからの報告ではそのことで命を落とす子供もいるという。私たちにできることは豪雨のときでも常に子供たちが集まることのできる子供のためのラーニングセンターをつくることであった。2013年、一年中いつでも子供たちが集い、安全に教育をうけられる場所を建設することになった。

工事中、地域の子供たちがひっきりなしに現場に訪れ、年長の子供たちは直に工事に携わった。

その結果、子供たちは遠慮することなしに我が物顔でこの施設を利用する。オープニングの日、まだ仕上げの清掃をしているとき、一人の少年が「ここは俺の場所だ」と言わんばかりにひとつの窓を占めていた。子供たちのために自分の居場所をつくることがこのプロジェクトの使命だとしたら、この窓は、その目的のひとつを果たしてくれたのではないだろうか。

フィリピンは、毎年無数の台風が通過し、そして地震が頻出する世界の中でも自然災害の頻度の高い国である。2013年暮れ、フィリピンには最大規模のハイアン台風とボホール地震の襲来が同時期にあった。これにより多数の住宅や公共施設が甚大な被害を被り人々の生活は困窮した。そこで、翌年の2014年、崩壊した保育園の再建プロジェクトを立ち上げ、学生と地域住民が協働して、地域産の木材による合板を活用した板組工法による構造と、地域固有の建築エレメントであるアカマン(竹を編んで作る壁面)を用いた外装を積極的に取り入れた保育園を建設した。

子供たちは走り回り、その足で新しい自分たちの学校を確かめていた。

待合の広場に開けられた窓を通して親は子供の姿を外から伺い知り、子供は同じ目線の高さで中から外を見る。窓の向こうの子供たちの姿を見るにつけ、この家が新たな自然災害から彼らを守るシェルターになってくれればと思う 。

建築プロジェクトは物理的な空間をつくることによる、ものの見方の検討である。なかでも窓をつくることにより、その窓を通して展開される人々の様々な思いの交錯を見るとき、窓が開いてくれる世界の豊かさに気付かされる。窓を通して眺める風景の先には、目で見る現実の世界を超えた世界を、心の目を通して見ることができるように思う。

 

小林博人/Hiroto Kobayashi
建築家、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。京都大学、ハーバード大学大学院デザインスクール(GSD)にて、建築設計・都市デザインを学び、日建設計、ノーマン・フォスター事務所にて設計の実務に携わる。2003年から小林・槇デザインワークショップ(KMDW)を主宰。スキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル社(SOM)日本代表。2003-05年GSD特別研究員、2011-12年MIT客員准教授、2012-13年UC Berkeley日本研究所研究員。日本における伝統的なコミュニティの形態である「町」に関する研究でGSDからデザイン学博士号を取得。現在は国内外の設計活動に加え、2011年の東日本大震災以降合板を用いた簡易セルフビルド建築「ベニアハウス」の開発、および都市更新時のサステイナブルコミュニティ継承の手法を研究中。