May 27, 2016

展覧会『現況 / Present State(ment)』

橋本健史/403architecture [dajiba] (建築家)

世界最大の現代建築の祭典のひとつであるヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展。2016年の日本館のテーマは「en: アート・オブ・ネクサス」。出展作家、会場デザイナーたちは、そのテーマをどう捉えたのか。また、彼らの考える、建築においてのさまざまな「窓」のすがたとは。実作を例に、話を伺った。

──今回の403architecture [dajiba] を取り上げた「現況 / Present State(ment)」展 (2016) について、内容をご説明いただいてもよいでしょうか。

橋本健史 (以下:橋本)  会場のプリズミック・ギャラリーは、若手建築家の個展を継続して開催しているのが大きな特徴で、光栄にもこの度我々も機会をいただきました。そこで今回、我々としては進行中のプロジェクトなどを詳細にプレゼンテーションするというよりは、自分たちの活動を見直す機会にしたいと考えました。そのために、「編集室」と呼ぶ滞在制作を会期直前に行い、議論した結果を展示しています。

我々の事務所は設立からちょうど5年くらいになるのですが、これまでに30程度のプロジェクトを進めてきました。それらを見直しながら、タイトルも含めて再考しました。今回の特徴としては「タグ」といわれるものを整理したことです。タグはこの展覧会以前からあったものですが、単体のプロジェクトを超えて、複数のプロジェクトを横断するアプローチや考え方、共通する視点などをまとめるためのものです。定義があいまいだったので精査し、タグの名称変更や統合、分化も行いました。プロジェクトごとに一つ一つ丁寧に説明するというよりは、この「タグ」ごとに説明することで、プロジェクトが群としてどのような射程を捉えているかが、浮かび上がるような展示にしたいと考えました。

例えば「慣習ずれ」というタグがあります。『富塚の天井』 (2012) という住宅のリノベーションプロジェクトには、これが付いています。窓を南側に大きく取るのが日本の住宅の慣習ですが、この住宅も例外ではありませんでした。ところが、住宅地ですぐ南に隣家が建っており、そこまで明るいわけでもなく、視線も気になるため、窓を開けにくい環境になっていました。そこで、壁や収納棚を設置することで、窓を縮小しています。反対に、北側は普通のフラッシュのドアがついていたのですが、これを引違いの掃出窓に付け替えて、窓を拡大しています。北側は、その先に玄関があって、道路からはレベル差があり、引き違いの玄関ドアとも相まって、割と開きやすい環境です。南面も窓が小さくなったことで開放しやすくなり、風通しもよくなりました。このように慣習を批判的に検証して、ずらしながら整理をすると、慣習の持っていた本来的な力を再考することにもなるのです。

  • 富塚の天井(2012) ©長谷川健太

あるいは、この倉庫のプロジェクト『頭陀寺の壁』 (2011) で使用した構造材は、接着剤で木材をとめていく、集成材に近いものです。ただ、完全に密実にするのではなく、隙間をあけながら貼り合わせています。倉庫なので、作業に必要な程度の光が入ってくるバランスにしています。つまり、集成材そのものによって窓をつくるというようなことをやっているわけです。耐水のために外側に透明なポリカーボネートの波板がある構成で、よくある簡素な木軸に波板を張った小屋の、木材の割合が異常に高まったようなものです。集成材や簡素な小屋といったような慣習について、力学・環境・経済性などを検討し、あらたな文脈へと接続させるような「ずれ」について取り組んでいるわけです。このような、複数のプロジェクトで考えたことを整理するのが、タグの役割です。

  • 頭陀寺の壁 (2011) ©長谷川健太

──建築家として窓をどのように考えて設計していらっしゃるのでしょうか。今までのプロジェクトでも、例えば階段であったり、エレメント (要素) を作品のテーマとして大きく掲げられていますよね。

橋本 さきほどお話したように、富塚の天井では玄関と部屋の間にアルミサッシを入れました。また、住宅リノベーションである『代々木の見込』 (2015) では、入り口に3枚引きのスチールドアがあって、土間のような部屋の奥にアルミサッシを入れています。アルミサッシをいわゆる窓としてではなく、気密の取りやすい透明な建具、くらいに考えているのかもしれません。

例えば、ある窓の向こうに増築をする、ということが起これば、そこは窓ではなく出入口になりますよね。反対に、部屋の出入口が窓になるかもしれない。もちろん、防水や断熱など構法的な対策は必要ですが、窓というのは絶対的な内外の境界にあるものではなくて、あくまで仮設的な状態だと考えているのかもしれません。

──これまではリノベーションのお仕事が中心だったと思います。新築に対しては、どのような考え方をお持ちですか。

橋本 我々は「マテリアルの流動」と呼んでいるのですが、ある材料がどこからどこに来て、それがまた何らかの形で移動していく、というような視点で建築を捉えています。そうすると、新築か改築か、あるいは解体か、ということは基本的に同じことであると考えられます。産業として建物をつくっていく過程で、建設システムが高度化し、その区分は明確に分かれてきたわけですが、日本の木造建築を考えると、それはかつてもっとあいまいでした。

例えば、伊勢神宮が式年遷宮で解体されると、その材料は全国の神社の造営に使われるため、脈々と分配されるのです。そこまで特殊な建築ではなくても、部分的な部材の入れ替えや、屋根の葺き替えなどは、ごく一般的に行われていたことです。リノベーションも新築も、現象としてはひとつながりのものだと思っています。ただ現実的には設計する期間の長さや、制度的な手続きがあるので、新築だからこその組み立て方というのは、当然あるだろうと思っています。

──若手の方でこれだけ地域に根付いて活動されている建築家はこれまであまりいらっしゃらないと思います。改めて、浜松で活動されている理由をお聞かせください。

橋本 メンバーの辻 (琢磨) の地元だったというのはありますが、積極的に浜松でやろうということになったのは、大学院を終了して1年くらいしてからです。403architectureというユニットは大学院時代に始めたのですが、修了後も展覧会の会場構成とかワークショップとか、そういうことを細々とやっていました。そんな中、「浜松建築会議」というイベントがあって、それに関連してワークショップ企画をやることになりました。ほとんど何も浜松のことは知らなかったのですが、どうもシャッター商店街みたいになっているらしいという話は聞いていたので、「じゃあ空き室ってどういうものなのか一度リサーチしましょう」と、地元の静岡文化芸術大学の学生と一緒に、空き室のマッピングをしました。地上階に多いのか、上階に多いのか、平面的にどういう分布になっているか、築年数と関係があるかなど、そのようなことを調べました。

それだけでは分からないことも多いので、実際空いている物件のオーナーに「一定期間貸してください」と交渉して、同時に4箇所お借りし、そこで学生にインスタレーションを制作してもらいました。空き室に同時多発的に学生がインスタレーションを制作する、というワークショップをマネジメントする。そういうことをやっていました。

そうすると、そのオーナーさんなどから「君ら建築系なんだって? ちょっとやって欲しいことあるんだけど」と。当時は大学院を出ただけで、設計事務所でもなかったですし、建築系の若者集団として認識されたみたいで、なんとなく頼みたい仕事のようなものがそれなりにありそうでした。あるいは、ほとんど借り手がつかない、似たようなワンルームマンションがたくさん余っていて、それをなんとかしないといけないみたいな話があったり。ある種構造的に自分たちが入っていけそうな環境があるなっていうのは、だんだん分かってきました。

大学で建築や都市については学びましたが、建物が実際どのようにできているとかいうことは、ほとんど知らなかったので、自分で建物を解体することができるということを、とても魅力的に感じたのを覚えています。自分たちで壊せば、つくり方もだいたい分かるだろうと。どこかの事務所できちんと修行して実務を覚えていくというやり方も、もちろんあると思うのですが、そのように既にできあがっているストックがあり、あらたな展開が求められている場所に入っていって、都市そのものから学んでいくというスタートのさせ方もあるんじゃないかと思い、浜松で活動を始めました。

──浜松での活動を始めて、いま何年目ですか。

橋本 もうすぐ5年です。今日まで一応途切れることなくというか、むしろ最近は色々仕事の幅も広がってきていて、いいところで始められたなと思っています。じつは浜松は、マーケティングの対象地になることが多いそうです。というのも、浜松は立地が関東と関西の中間ぐらいで文化的な偏りが少ない。また、工業を中心とした産業により発展した地域であり、一方で海と山の豊かな自然や、農業や林業も充実している。しかも、城下町だった背景があって、近年は中心市街地の衰退が進んでいるという、ものすごく典型的な地方都市なんです。そのため、都市や建築の課題としても、ある種の普遍性がある。また、規模もちょうどよかったと思っています。もっと大きい都市、たとえば名古屋、大阪、東京のような場所だと今とは違うアプローチが必要だし、もっと人口が少ないところだと、コミュニティが強すぎて、柔軟な関わりをつくっていくことが難しかったと思います。

──お話しいただいたように、ずっとローカルな場に軸足を置いて活動されてきたと思うのですが、それを今回ヴェネチア・ビエンナーレで発表する、つまりグローバルであることに対してはどう考えられているのでしょうか。

橋本 これまでの30のプロジェクトの内、半数の15が事務所から1km以内にあります。遠いものだと東は東京、西は沖縄まで分布していますが、基本的には事務所周辺ほど多く集まっていることが大きな特徴です。近接した場所で多くのプロジェクトを行っているので、当然その地域のコンテクストが事務所の中に蓄積されていきます。その地域の歴史的なこともわかってくる。実践とリサーチが分かちがたい状態で、プロジェクトを進めています。じゃあそれを遠くでやる場合はというと、やっぱり我々は浜松から学んだからこその、ものの見方や考え方をしていると思います。他の建築家のところで学んだ人たちが、それぞれ都市の見方が違うように、自分なりのものの見方でアプローチするしかないはずです。

浜松で、我々の活動に大きく関わってくる歴史というのは、特に戦後のことです。それ以前については、データや記録としては参考にできますが、実態として我々が関わらざるをえない状況というのは、戦後にあらわれたものが大きいと感じています。その連続性のなかでどう応えるかというのが、問題意識として強くあります。都内のプロジェクトでも、戦後どういうことが起きたのかということに、ある程度フォーカスして取り組みました。

ただ、ヴェネチアの場合だと、戦後の重要性や意味というのもまた全然違うでしょう。ですが、その土地の文脈にアプローチしたい、というのは共通した態度です。ヴェネチアには、やはりとても個性的な歴史と産業と技術とが結びついた材料であるガラスがありますから、そういうものにアプローチしようというのは、浜松での経験があるからだと思います。

──ヴェネチア・ビエンナーレでは、具体的にどのような展示を予定されていますか。

橋本 写真の展示と現地制作のプロジェクトを予定しています。今回「縁」というテーマで、その中のカテゴリーの「モノの縁」というグループに入っているので、特にモノにフォーカスしています。具体的には、どういう材料をどのように使ったかがわかるような写真を、複数のプロジェクトに渡って展示します。ちょうどタグでいうと「材料転用」にあたるものですね。あとは、「縁」というとある程度何でもいえてしまうというか、関係性の中に当然あらゆるものは位置づけられるので、我々のやり方をお見せするには、実際にプロジェクトを見てもらった方がわかりやすいんじゃないかと考えています。ですので、日本で設計した建築の部分的なモックアップを持っていくというようなことではなくて、現地の材料を使ってモノをつくるということを検討しています。具体的には、ヴェネチアングラスの、傷が入っていたり、歪んだり失敗したものを集め、「スラッピング」と呼ばれる手法で熱を入れて固め直してピースをつくり、それをレンガのようにしてアーチを作ろうとしています。

このガラスピースをつくるには相当高度な技術が必要で、現地のガラス工房に多大なご協力を頂いています。ヴェネチアのムラーノ島はガラス職人が隔離された場所で、数世紀に渡るその集中と競争が多くのイノベーションを引き起こした、ガラスの歴史にとって非常に重要な場所です。高い技術は、土地の歴史的・産業的背景と結びついたものなのです。それを、ヴェネチアの風景でもとりわけ印象的な、橋の構造であるアーチと結びつけるということを、プロジェクトにしようとしています。

──最後に、橋本さんの一番好きな窓はどこですか。

橋本 大学院を出て、細々と活動している期間にお金を貯めて、ヨーロッパに長期間行っていたことがあって、そこでたくさんの建築を見ました。イタリアから入ってスイスへ行って、ドイツ、フランスと周って。それで南下していって、最後にマルセイユでル・コルビュジエのユニテ・ダビタシオンを見たんです。もう感動して。圧倒されてしまうわけです、外観だけで。でも、あれは基本的に窓が猛烈に反復しているだけじゃないですか。もちろんレストランとかホテルとか屋上の幼稚園跡とか、そういうものが統合されているということは知識として知っていたので、そういう構想の大きさ、みたいなものが立ち上がっていることに感銘を受けたのですけど、それにしたって、ロンシャンの礼拝堂やラ・トゥーレット修道院、サヴォア邸に比べたって、大雑把にいってしまえば、外観としては窓が反復しているだけです。なのに「なんでこんなにいいんだ! 」と。

それで、思い返すと、これもまた大雑把に言ってしまえば、ただ窓が反復している「似たようなマンション」を、散々日本で見てきたことに気付いたんです。見た目としてはそれほど大きく違うわけではない。そこで抜け落ちているものというのは何なのか、というのは僕の中では建築とは何かというような問題と強く関わっている気がします。プロポーションがモデュロールにのっているからとか、きっとそういうことではなくて、その背景に何か感じているもの、捉えているものが、建築的な問題なのか、そうではないのかを分けているのではないか、と感じたのを覚えています。

橋本健史/Takeshi Hashimoto
1984年兵庫県生まれ。2005年国立明石工業高等専門学校建築学科卒業。2008年横浜国立大学建設学科建築学コース卒業。2010年横浜国立大学大学院修士課程建築都市スクールY-GSA修了。2011年403architecture [dajiba]設立。2014年第30回吉岡賞受賞。2014年- 名城大学非常勤講師。2015年筑波大学非常勤講師。
http://www.403architecture.com/