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May 17, 2018

建築の民族誌/前編

貝島桃代/アトリエワン(建築家)

第16回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展(5月26日―11月25日)の開催に際して、窓研究所では、日本館展示のキュレーションを手がける貝島桃代氏(アトリエ・ワン/スイス連邦工科大学チューリヒ校教授)へのインタビューを実施。建築家として第一線で活躍するかたわら、建築を主軸とした数多の都市調査を遂行してきた貝島氏が提案する、生態学的、建築学的な暮らしの捉え方とは──。
前編では、展示を語る上で欠かせない「建築の民族誌」とその成り立ち、建築に新たな光をあてる「窓」の可能性について話を聞く。

 

──今回、日本館の展示で「建築の民族誌」というテーマを設定された背景について教えてください。

貝島桃代(以下:貝島) 都市と建築の関係や、建築とその周辺の暮らしの関係に強い関心を持っていたことから、1995年に黒田潤三さんや塚本由晴さんと〈メイド・イン・トーキョー〉という東京の都市観察を目的としたリサーチプロジェクトを立ち上げ、1996年以降には展示や出版による調査結果の発表をおこないました。それ以降、レクチャーの依頼を頂いたり、「メイド・イン・○○っていうものをつくってみたから、ちょっと見てくれないか」とか、「一緒にメイド・イン、たとえばある地域を特定して都市調査をしよう」という連絡を受けたりするようになり、私たちと同じような関心を持っている人が国内だけなく、海外にも多くいるということを知りました。都市あるいは暮らしが大きく変化する様子を、何とか建築で観察したいと考えている人たちがいることが明らかになったのです。

そこで、これまでに私の手元に寄せられた報告書や、外部からゲストとして呼ばれた経験を一堂に会し、過去20年近くの間に人々がいかにして建築と暮らしの関係について考えてきたのかを俯瞰して見ることで、もう一度建築と暮らしについて、あるいは建築とその周辺環境の問題について捉えられるのではないかと思い、今回のテーマを設定しました。

──1996年以降、建築民族誌が世界各地で反響を呼んだ理由をどのようにお考えですか。

貝島 約20年の間に世界中で紛争、金融危機、自然災害が起こり、難民問題が取り沙汰されたり、バルカン半島やヨーロッパでは情勢が大きく変化したりといった、民族や社会国家の再編に向けた動きも見られました。それと同時に、インターネットが急速に普及し、社会のネットワーク化が進みました。それに伴って、世界中の情報がウェブを介して簡単に手に入り、以前はなかなか連絡を取り合えなかった友人ともSNSを通して気軽に近況報告をおこなえるようになるなど、グローバル化が進みました。

やはり、暮らしや、暮らしを支える建築が変化し続けると、人はその変化を見て、考え、留めたいと思うのでしょう。柳田國男、宮本常一、今 和次郎をはじめとする日本の民俗学者も、日本の西洋化が進み、日本の民話や民家が消えようとしていた時代に、失われるものを留めたり、変化を捉えたりしようとしました。なかでも今 和次郎が提唱した「考現学」には、まさに「今を観察し、それを理解する」意味が含まれていると思います。

今回の展示に向け、日本館キュレーターの一員で、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)で建築理論歴史を教えているロラン・シュトルダー氏と協力体制を組み、世界中の報告者やプロジェクトを探し回りました。その結果手元に集まった200余りの事例から42点を搾り出し、展示を構成しました。それぞれの作品から、この20年間に大きく変化してきた世界を留めたかった、という気持ちが強く伝わってきます。

──事例の数からも、膨大な量の情報が集まったことが想像できます。研究成果のアウトプットには、どのような手法を用いているのですか。

貝島 今回は、ドローイングをひとつのテーマとして取り上げています。なぜなら、〈メイド・イン・トーキョー〉を通して、建築の研究をより多くの人に共有し、自分自身が何を見ているのかを記述するために、ドローイングというのが有効な手段であるということを理解したからです。

建築の教育現場でも、今回のような調査を複数名で時間をかけておこなったりする場合、その成果を共有しながら進めるツールとしてドローイングが用いられます。学生がプランをつくるときに、建築的な考えが足りているか、あるいは構造が技術として成立しているかということを、われわれは言葉ではなく、平面図、断面図などを通して学生とやりとりします。建築家にとっても、ドローイングは重要なスキルになってきています。

ドローイングは、おそらく他の民族誌ではあまり用いられない手法なので、今回の建築ビエンナーレにおける建築の役割を表明するには、有効な方法論だと思います。それに、ドローイングという媒体を使うことによって、この展示がより多くの方に開かれるとも思います。建築や暮らしをテーマにドローイング作品をつくっているアーティストもいるので、今回はそうした方々にも10名参加していただいており、これは全体の4分の1を占める人数でもあります。

  • 『建築の民族誌』展示カタログ
    表紙には貝島氏のドローイングを使用

──ドローイング作品について、詳しく教えていただけますか。

貝島 大きく4つのシリーズに分けることができます。まずは、「drawing of architecture」。つまり建築そのものを捉えようとするものです。次に、「drawing for architecture」という、建築をつくるために、あるいは建築に向けて描かれているドローイング。もうひとつが「drawing among architecture」で、建築と様々なものが一緒になった状態のもの。最後に、「drawing around architecture」。すなわち、建築を取り巻くもの。建築とドローイングの関係を捉えるために、ドローイングとアーキテクチャーを前置詞で関係づけて整理したものです。

これは建築家が職業としておこなっていることでもあると思います。私たちは建築そのものを物理的に見ることもあれば、建築を成立させる構法や構造、具体的なつくり方、それに生産の問題、建築との関わり方について考えを巡らせることもあります。目の前で大きな環境変動が膨れ上がって、人間と地球とのバランスが非常に変わってきているなかで、やはり環境についても併せて考えるという視点が出てきていると思います。

なかには地球温暖化や生態系に関する調査もたくさんおこなわれており、私も関心がありましたが、こうした非常にスケールの大きなテーマは複雑で上手く絵にならないのです。建築家が何を捉えられるか、ドローイングが何を捉えられるかというのは、ひとりの人間が把握できる物事の全体像と連関すると思います。やはり描けないもの、どうしても抽象化せざるを得ない情報、私たちの財産をわれわれがどのように肉体化して可視化するかというのは、今回のドローイングに関する調査を進めるなかで、難しさもおもしろさも感じた点です。

──建築と周辺環境の関わりを考察するなかで、窓が重要な役割を果たしている事例はありますか。

貝島 須藤由希子さんというアーティストが、ある住宅の家主に依頼されて描いたものがあります。住宅の取り壊しが決まり、家主が、長年家族と暮らした家の思い出を写真ではなく、絵で残すために、須藤さんが1年近く通い、お手伝いさんの話も聞きながら制作したものです。

この作品を見ていくと、最初は日本家屋として建てられたその家が徐々に増改築されていった様子が分かります。たとえば日本庭園で設けられる手水鉢の脇がタイル張りになるように、庭が洋と和がぶつかったような形式になっています。つまり、長く住み継がれ、世代が変わるなかで庭も家が変わってきている様子が描かれています。なかには、近隣の建物や周囲の環境とその家の関係の変化が、窓を通して描かれているものもあります。窓が結果的に環境や状況の変化のようなものを写し取る枠になっています。

  • © Yukiko Suto, Courtesy of Take Ninagawa, Tokyo
  • © Yukiko Suto, Courtesy of Take Ninagawa, Tokyo

さらに展示のカタログでも、「絵を覗き込む」ための仕掛けをいくつか採用しています。たとえば、ス・ドホの絵は、彼がこれまでに移り住んだ家を重ね描いたもので、オリジナルが約1メートル×4メートルと、とても大きな作品です。カタログでは、全体とともに細部からその絵の持つエコロジーをみてほしいということから、窓のような、虫眼鏡で覗き込んだような効果によってズームアップし、細かな解説を施すようにしています。私たちがおもしろいなと思った部分を丸で囲み込み、それを全体のカタログの構成に用いて、色々な作品を覗き込んでいるようなスタイルにしています。展示会場でも作品を覗き込んでもらえるように虫眼鏡を設置するなど、工夫を凝らしています。作品の全体像もとても重要ですが、ドローイングではものすごく細かく描かれているパターンがあったり、エッジの取り方に趣向が凝らされていたり、描いた人の時間がつぎ込まれているので、その時間のぶんだけ密度があり、そこに作家の思いや身体性が入っているのです。

  • © Do HoSuh, Courtesy of the Artist and Lehman Maupin, New York and Hong Kong, and Victoria Miro, London and Venice

──窓がフレームとなり、建築を新たな角度から映し出したり、会場における人々のふるまいを促したりする役割を果たしているのですね。

貝島 まさにその通りです。ほかにも、少し高い場所に展示されている絵を見るときには、はしごに登って見ていただくこともできます。そのドローイングと人々のふるまいというのも、ぜひ長い目で観察してみたいと思います。絵は動かないけど、人がインタラクティブに見て、そのふるまいを記録したり、あるいは自分たちでも研究できたりすればおもしろいなと思っています。

 

 

第16回 ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 全体概要
総合テーマ:FREESPACE
総合ディレクター:イボンヌ・ファレル、シェリー・マクナマラ
開催場所:ジャルディーニ地区(Giardini di Castello)、アルセナーレ地区(Arsenale)など
会期:2018年5月26日(土)―11月25日(日)
公式サイト:http://www.labiennale.org

日本館 展示概要
日本館テーマ:建築の民族誌
キュレーター:貝島桃代
キュレーターチーム:Studio Bow-Wow ETHZ ロラン・シュトルダー (スイス連邦工科大学チューリッヒ校歴史理論教授、建築理論・建築史研究所所長) 井関悠(水戸芸術館現代美術センター学芸員)
主催:国際交流基金(ジャパンファウンデーション)

 

 

貝島桃代/Momoyo Kaijima

1969年東京都生まれ。1991年日本女子大学住居学科卒。1992年塚本由晴とアトリエ・ワン設立。1994年東京工業大学大学院修士課程修了。1996〜97年スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)奨学生。2000年東京工業大学大学院博士課程満期退学。2000〜09年筑波大学講師。2009年〜筑波大学准教授。2012年RIBAインターナショナルフェローシップ。2017年〜ETHZ建築ふるまい学教授。ハーバード大学GSD (2003,2016)、ETHZ (2005〜07)、デンマーク王立アカデミー (2011〜12年)、ライス大学 (2014〜15)、デルフト工科大学 (2015〜16)、コロンビア大学(2017)で教鞭をとる。住宅、公共建築、駅前広場などの設計に携わる傍ら、「メイド・イン・トーキョー」「ペット・アーキテクチャー」などの建築を軸とした都市の調査を多数おこなっている。第16回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展(2018年)・日本館キュレーター。