May 27, 2016

向陽ロッジアハウス

金野千恵/t e c o (建築家)

世界最大の現代建築の祭典のひとつであるヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展。2016年の日本館のテーマは「en: アート・オブ・ネクサス」。出展作家、会場デザイナーたちは、そのテーマをどう捉えたのか。また、彼らの考える、建築においてのさまざまな「窓」のすがたとは。実作を例に、話を伺った。

──まずはじめに、ご自身の好きな窓や窓辺を教えてください。

金野千恵 (以下:金野)  個人的に、昔から特別に窓に着目していたかというと、そういった意識はありませんでした。東京工業大学で塚本由晴研究室に在学していた際、窓研究所との共同研究「窓学」で世界各国を調査して周りました。あの調査が窓に関する思考の礎をつくったと感じています。様々な国の窓を調査すると、窓自体の違いに発見があるのはもちろんですが、さらに窓辺の設えやそこで人が何をしているか、つまり窓まわりのプレイヤーたちを見れば、その背景にある文化や生活の在り方、歴史までも理解でき、魅力的な広がりのある空間だと気付きました。

窓は街と建物の境界で空間の心地よさを定義すると感じています。そこに発見や発明があるような窓や建物は、とても印象に残っています。ですから、あの調査以降、もう、窓まわりを考えずに設計はできないくらいです。

──窓の存在に気付いてしまうと、それが気になってしまう、と

金野 そうですね。単体の窓だけで魅力的と思う時もあるけれど、もうひとつ、その個々の建物についている窓たちが、いかに集合するか、それによって街がどう生き生きするかに興味があります。それはイタリアのプロチダ島を訪れた際、はっきりと確信しました。かつての漁師町プロチダでは、港からの人を迎えるように全ての建物ファサードにアーチ窓があり、その窓辺にたくさんの人が張り付いています。窓辺の人々の居場所が街の風景をつくっている魅力的な例です。

それから、窓の調査ではなく庇つきの半屋外空間ロッジアの調査で訪れた、ネパールのバクタプルという街の光景にも感動しました。街の至る所にあるパティと呼ばれる半屋外空間が、子供から老人まで集まる居間になっていて、朝の用事を済ませたら、とりあえず皆パティに出てくる。街のそこら中に人の居場所があるという光景です。その空間は、もちろんネパールの文化や社会ゆえに成立しているのですが、なんとバリアフリーであり、自由なのだろうと感動しました。窓辺とロッジアのような半屋外空間は、私の設計においては避けて通れない存在ですね。

──ロッジアという言葉は、金野さんからよくお聞きする印象があります。

金野 ロッジアは、ルネサンス期にイタリアで始まった建築要素として知られていて、代表例は、フィレンツェのシニョーリア広場に面する「ロッジア・ディ・ランツィ」という空間です。これは祭事や歓待の儀式のための空間としてつくられたもので、同時に古典的な建築のファサードを整える役割を伴っています。イタリアで発達した後、フランス、ドイツへ、さらにヨーロッパ各地や世界中に広まり、今では英語の建築用語辞典にも記載されている言葉です。辞書によっても少しずつニュアンスが異なりますが、列柱と庇によって囲われた、少なくとも一面が外気にさらされている空間、というのがおおよその定義です。

これに類する他の言葉ではなく、「ロッジア」という建築言語を用いる理由には、600年前に発明され人々に親しまれた空間であるということにとどまらず、彫刻ギャラリーや野外ステージになったり、建設当初と同様に市場として使われていたりと、現代も変わらず人々の生活の一部である、その力強さに驚異を感じているからです。これに類する空間には縁側、ポーチ、バルコニーなどがありますが、衰退しつつあったり、少し華奢だったり、建築言語として比べると、ロッジアには圧倒的な強度がある。それで、ロッジアという言葉の援用によって、こうした半屋外の空間を現代に再定義する可能性を感じています。

──この『向陽ロッジアハウス』 (2011) には、金野さんのそういった窓辺に関する思いが凝縮されていると思います。この住宅をつくる際、どのような考えがありましたか。

金野 向陽ロッジアハウスは母の自邸なのですが、この土地の始まりは、建物の建つ半世紀以上前のことで、未だに周りには知合いは多いのです。その時間を紡ぎながら、周りの人々も喜びを感じるような新しい住宅の建ち方が可能か、というのが念頭にありました。また、日中は母が一人になるので、家にこもらない仕組みをつくりたかった。そこで、敷地の南半分を庭、北半分を住宅内部として、中心にロッジアを据えて構成することで、街に供出する部分とそこに寄り添う空間と捉えて設計を行いました。また、すべての部屋が違う種類の窓を持ってロッジアに接続してるので、各々に異なる窓辺のふるまいが現れるセッティングになっています。

──この『向陽ロッジアハウス』 (2011) には、金野さんのそういった窓辺に関する思いが凝縮されていると思います。この住宅をつくる際、どのような考えがありましたか。

金野 向陽ロッジアハウスは母の自邸なのですが、この土地の始まりは、建物の建つ半世紀以上前のことで、未だに周りには知合いは多いのです。その時間を紡ぎながら、周りの人々も喜びを感じるような新しい住宅の建ち方が可能か、というのが念頭にありました。また、日中は母が一人になるので、家にこもらない仕組みをつくりたかった。そこで、敷地の南半分を庭、北半分を住宅内部として、中心にロッジアを据えて構成することで、街に供出する部分とそこに寄り添う空間と捉えて設計を行いました。また、すべての部屋が違う種類の窓を持ってロッジアに接続してるので、各々に異なる窓辺のふるまいが現れるセッティングになっています。

──最近の活動では、単なる設計だけではなく、プロジェクトの中でコミュニケーションをどのように活性化させるかということにも取り組まれていますね。

金野 最近は、住宅の他に、高齢者のための空間の仕事が増えています。これは前の話に通ずるところがありますが、これまでの「抽象的な高齢者」という像では、その空間が適応しきれなくなってきた、ということだと思います。

高齢者と一言で言っても、多様かつ具体的な存在で、そして私たちの世代とも連続している「人間」なのです。高齢者施設は、機能的、かつある種、機械的に設計されていた空間の一種でしたが、それを再定義したいという姿勢の、魅力的なプロジェクトが多いのです。さらに、高齢化の進む街は多く、今後は施設の中だけで解決するのではなく街ぐるみで支えていく、という見守りの形式を前提にした街づくりが必要になります。それは、建築と街を人の居場所を介していかに関係させるか、という取り組みなので、窓辺の居場所やロッジアといった建築言語は、とても親和性が高いのだと感じます。

多種にわたる高齢者施設の中で、どんな利用者かによって、その境界設計の塩梅がとても重要になってくる。各々の建築の枠組みを考えながら、物理的な境界を定義していく作業は、とても創造的だと感じます。

例えば今、特別養護老人ホームの改修で、庭を設計しています。しかし単なる庭ではなくて、これまで塀が敷地境界上にあり、何となく中を見てはいけない雰囲気の施設だったところを、その塀を取り払って新たに造園を計画し、テラスなど集いの場を新設することで、施設と街のインターフェースを再定義するものです。そのインターフェースは施設の利用者だけのものではなく、街の一部でもある、という考え方です。

敷地内の庭を街に供出する代わりに、歩道も共に計画する敷地の一部であるかのように見立て、概念としての敷地境界を設定することを考えています。こうしたストーリーは、これからの建築や街づくりでも、とても有効だなと感じています。

また、これら半公共的な空間を内包するプロジェクトでは、設計中にワークショップを行うなどして地域の人々や施設利用者にも共に考えてもらい、竣工後の空間の持続につなげる取り組みをしています。どうしたら具体的な使い手が空間を維持し、育てていけるかを含め、設計に入る前の段階から議論を共有したり、視察に行ったりする機会が増えています。

──窓を、内部と外部を切るのではなく、つなぐインターフェースとしてつくるという時には、具体的にどう設計するのでしょうか。

金野 まず、人が開けられる窓というのは、絶対です。出来る限りFIX窓はつくらない。とにかく人が触れられて、動かせて、自ら調整できるということは、その境界に人間が関わる必要最低条件と考えています。その次に、そのまわりをどう環境化するか、外界との距離をいかにつくるかが重要です。掃き出し窓であっても、その奥に何かしら居場所を持っていれば、外部と床面がダイレクトにつながるのもいい。外部へと無防備に曝されている環境では、内側に腰壁の立ち上がりや家具を丁寧に設計しますし、その窓の取り付く壁厚なども、とても重要になります。

あとは、外部から寄り付きたくなる窓というのが、とても重要だと思います。これは一概には言えないのですが、相対的に金属製のサッシは寄り付きにくい。木製の窓のように、ちょっと触れても冷たくないという感覚は、大切だと感じています。その一方で、スチールの華奢で綺麗なサッシや、レースみたいな繊細さを感じるサッシは、必ずしも温かくないけれども、近寄ってみたいという感覚を生むと思います。

  • 『向陽ロッジアハウス』 ©金野千恵

──今年のヴェネチア・ビエンナーレでは日本館のテーマが「en」となっています。若手建築家として、どんなことを発信していきたいですか。

金野 私たちの世代は、今回の出展作品からも分かるように、リノベーションや地方の地域と繋がる仕事が多くあります。既存の建物や街を受け入れるところからプロジェクトを始め、そこに喜びを見出さないと仕事はない、という危機感があるように感じます。その中で今回の出展作家は、プロジェクトを通していかに建築の枠組みを再構築するかという意識が顕著に表れています。

  • 『向陽ロッジアハウス』 ©金野千恵

いつの時代においても建築家は思想や枠組みを構築してきましたが、この世代は既存建物のもつ時間や、地域で培ってきた文化と向き合い、関係性の建築、縁の建築とも言えるものを志向しているのではないでしょうか。私自身も、空間的な縁 (へり) や境界という意味での「en」をテーマに建築設計や設計論を考えていたり、強いコンテクストとの関係性をいかに再構築するか、という枠組みづくりから取り組む仕事が多いので、この展示のテーマには親近感を覚えています。

一方で、そうした関係性を紡いでいくだけでは、構築できない部分があると思うんです。つなぐスキルを鍛えるだけでなく、どこかで建築の自律性や唯一性のようなものを併せ持たないといけないのでは、という気持ちもあります。人を奮い立たせる建築の強さを、私はどこかで信じているのだと思います。双方を兼ね備えた新しい建築のあり方を開拓する、これがこの先10年のテーマかなと思います。

金野千恵/Chie Konno
1981年神奈川県生まれ。2005年東京工業大学工学部建築学科卒業。同大学院在学中、スイス連邦工科大学奨学生。2011年東京工業大学大学院博士課程修了、博士 (工学) 取得。2011-2012年神戸芸術工科大学大学院助手、KONNO設立。2013年より日本工業大学助教。2015年t e c o設立。
http://te-co.jp/