May 27, 2016

Steel House

能作文徳 (建築家)

世界最大の現代建築の祭典のひとつであるヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展。2016年の日本館のテーマは「en: アート・オブ・ネクサス」。出展作家、会場デザイナーたちは、そのテーマをどう捉えたのか。また、彼らの考える、建築においてのさまざまな「窓」のすがたとは。実作を例に、話を伺った。

──能作さんは、『Steel House』 (2012) のように窓が特徴的な設計をされていますが、設計の際に窓をどのように捉えていますか。

能作文徳 (以下:能作)  設計で心がけているのは、街に対して窓を大きく設けることです。Steel Houseでは、アルミサッシの引き違いの窓を連結させて大きな窓を作りました。住宅が壁で閉じてしまうと、街に対して関係が持てなくなります。しかし窓を大きく開くと様々な問題が起きてきます。

たとえばプライバシーの問題があります。窓を大きく開けるだけだと、通りの人から覗かれてしまいます。そのため、レベル差を設けるとか、木を植えるとか、目隠しを設けるような工夫が必要です。また、窓が大きいと環境負荷が大きくなるため、夏の日射を遮る工夫も必要になります。窓を大きくすることは問題を引き起こすのですが、そのことによってより複合的な高度な均衡を模索していくことになります。そのなかでいろいろな開き方が求められてきます。Steel Houseの場合、道路からできるだけ引きをとって前庭をちゃんと設けてアラカシの木を植えました。アルミサッシの外側の庇の下にスチールバーを設けてすだれを掛けられるようにしました。

東京のような密集した都市環境ですと、道路側にしか開けないことが多いんです。自分で庭を取ろうと思っても隙間みたいにならざるを得ないので、道路を空地の一部として考えています。

──街との関係や軽さ、窓などのエレメントの使い方は、この建築によく現われていると思います。改めてこの建物の紹介をして頂いてよろしいでしょうか。

能作 この地域は、関東大震災後に郊外住宅地として開発されました。当時は敷地面積も大きく緑豊かな環境でしたが、都市化や地価の高騰などを背景に土地が細分化されていきました。その結果、前庭をもった郊外住宅のタイプと、駐車場しかない小さな建て売り住宅のタイプが混在することになりました。

ここの場合、郊外住宅地の土地が5つに分筆された結果、1つの敷地が100㎡未満になっています。敷地が狭いと隣との距離が近いため窓が小さくとても窮屈な建ち方になってしまいます。そのような住宅が増えていくと郊外住宅地の魅力が薄れていくので、小さいながらも前庭や屋上に緑がある環境、開放的な環境をつくりたいと思いました。このように考えていくなかで、住宅の外壁が固い閉じた殻のように感じてきて、柱、梁という軸組から考えて、柱間を間仕切りにするか、窓にするか、という軽やかなつくり方にしたいと思いました。そこで鉄骨のラーメン構造の形式がでてきました。

  • ©能作文徳建築設計事務所

──窓の特徴として、全部開けられるようになっていますよね。どのように考えて設計されたのでしょうか。

能作 アルミサッシの引き違いが昔から好きでした。一般的によく使われている、ありきたりなものをアレンジして、一般的ではないずれた使い方に興味があります。引き違いの窓には簡単に開けられる感じが備わっていて、開放感につながっていると思います。日本の建具はスライディング式が多いので使い勝手をみんなが知っています。

──とても今日的な感覚だと思います。

能作 見たこともない目新しいものばかりをつくっていくのではなくて、古いものと新しいものを混在させながらものづくりをしていくという感覚があります。引き違い窓は確か昭和の初期ぐらいからあるのではないでしょうか。それもひとつの歴史に含まれると思います。たとえば木造の建物を作るとしても尺貫法に準じてやることのほうが、無駄がなくローコストですが、そうした文化的慣習的なルールに入り込むことの面白さを感じています。エリー・デューリングという思想家の「レトロタイプ」という考え方があるのですが、過去を単なる郷愁として片付けてしまうのではなく、過去に遡及しながらも、今ある現在性とは別のやり方で、ありうる未来を描き出す力をもっていると述べています。設計のなかにいつも入り込んでくる「過去」というのは、消極的なものではなく、とても創造的なものとして捉えることができます。過去はつねに未来を描くための資源だと思っています。

──そのような新しいものと古いものを組み込みながらミックスしてつくるという意味では、今回のヴェネチア・ビエンナーレにも出展される、『高岡のゲストハウス』 (2013) は面白い事例だと思います。

能作 高岡のゲストハウスは、富山県高岡市にある私の実家を改修して、祖母の住まいと家族や友人が宿泊できるゲストハウスをつくる計画です。この家には、祖父母、父母、子どもの3世代が住んでいましたが、今は祖母がひとりで住んでいます。ひとりの住まいにしては広すぎるため、家の一部を食堂やゲストルームにつくりかえて、家族や友人が集まれる場所にする計画です。既存の建物は築40年の瓦屋根の家屋であり、これを壊して新築するのではなく、部分的に解体して修繕し、解体ででてきたマテリアルを再利用して次の建設資材として使い、敷地内で生じる段階的なマテリアルフローによって建築をつくっています。計画地は、瓦屋根の古い住宅、建て売りの新興住宅、所々に残された水田が入り混じった、田舎の住宅地のありきたりな風景のなかにあります。まわりの建物の多くには、屋根に瓦が葺かれていて、瓦屋根はこの場所にとってはありきたりな要素で、地域で共有された要素だと思いました。もし建築家が見たこともない新しい造形をつくろうとするなら、瓦屋根は邪魔ものでしかないのですが、ありきたりなモノほど地域の風景にとっては大切だと思いました。

  • 『高岡のゲストハウス』 (2013) ©鈴木淳平

祖父母は高岡の伝統産業である銅器製造を生業としていたため、家には銅製の火鉢、香炉、文鎮、置物などが残されています。座敷にある木彫が施された欄間や雪見障子は、家族にとっては懐かしいもので、既存の塀や外壁、土間に使われていたタイルや石なども庭の舗装として再利用します。新品の建物を望むならば、これらは古くさくて、ノスタルジックすぎるかもしれないのですが、家に残された銅器は高岡の町の伝統産業とつながっていますし、欄間や雪見障子、庭は家族の記憶とつながっています。これらのモノを廃棄するのではなく、引き継いでいくことが、歴史や時間のなかに私たちが生きていることを感じさせるはずだと思いました。

──出展されるヴェネチア・ビエンナーレ日本館のテーマは「縁 (えん) 」ですが、どのようなことを世界に向けて発信していきたいですか。

能作 ヴェネチア・ビエンナーレでは、「縁」というテーマのなかに、「人の縁」、「モノの縁」、「地域の縁」というサブテーマがあります。それぞれの縁がきっちりと分けられるわけではなく、それぞれが相互に関係しあっていると思います。高岡のゲストハウスは、「モノの縁」というサブテーマで展示されることになります。特にモノの縁についていえば、モノを介して、様々な物事をつなげていく特徴をもった作品が紹介されます。

「縁」という言葉の面白さは、偶然性という意味が含まれているところだと思います。モノが「そこにある」というのは、偶然でしか説明できません。それを引き受けてよい方向に展開することが大事だと思います。そこにあるものを壊して新しくつくるというのは偶然性を認めないで全部コントロールできるような世界を計画していくようで、たいへん窮屈だと思います。

思想家の篠原雅武さんと話していると、こうした「モノ」への着目は、建築だけではなく、思想や哲学の領域でも行なわれているようです。私自身も、3.11の震災のときに、完璧だと思われてきた物事が崩壊して、無数のモノが密接に連関して均衡していた状態が、バラバラなモノへと分解されていったことを感じました。建築家が扱ってきたモノというのは、かたちやイメージを創出するためのツールだったと思います。しかし、3.11をきっかけに、モノは分解も結合もし、そのネットワークによって生きている場ができているということが認識され、モノのかたちやイメージの意味作用から、それ自体が生み出していく連関のほうに関心が移っていきました。その認識は震災直後だから通用するというものではなく、モノをネットワークとして捉えていくことには、新しいエコロジー論へと繋げられる可能性があると思っています。エコロジーというのは、生物と環境の相互関係から論じていく生物学のことですが、建築をつくるときに、建築を構成しているモノがどこからきて、どのような影響を及ぼしているかを考えなければいけないと思います。

──2年前のヴェネチア・ビエンナーレの展示「エレメンツ・オブ・アーキテクチャー」など、エレメントという言葉がよく耳にされるようになってきました。窓も含めて、それについてはどう考えますか。

能作 モノのネットワークという考え方からもエレメントを解釈することができます。エレメントがどのような物質によってできているか、どのように生産されているか、どのような社会や文化のしくみのなかにあるか、を知ることです。たとえばアルミサッシだと、その製作技術、アルミニウム原産国との関係、電力供給、リサイクルのしやすさ、など様々な要因が複合してつくられています。このようなネットワークも社会的な条件によってどんどん変化していきます。

また、窓をはじめとするエレメントをエコロジーの一部としてみてみるということが大切だと思っています。特に窓は、太陽光、熱、風、雨などの自然現象の影響を受けるエレメントです。また眺望、出入り、窓辺の作業、気晴らしなど、人のふるまいや心持ちにも関係します。生態心理学のなかに「ウェザー・ワールド」という言葉があります。ウェザーというのは天気という意味ですが、「空」と「空気」をあらわす英語です。それを動詞として用いれば、「変転する」、「移り変わる」という意味です。窓はこのウェザー・ワールドを感知していくエレメントだと思います。流動的な世界にフレームを与えてみることができるからです。透明性や内外の連続という認識から窓を捉えるのでなく、より異種混交的な物事へとつなげる力を窓が発揮できるのではないかと思います。

──では最後に、能作さんの好きな窓について教えてください。

能作 いろいろあるなかでも、スリランカの建築家ジェフリー・バワが設計した『ルヌガンガ』がどうしても忘れられません。熱帯の蒸し暑さのなか、ジャングルを分け入って到着すると、朝靄の静寂のなかに建物がありました。熱気がこもらないように窓は開け放しか、ガラスが入っていない開口やガラリだったりします。窓を締め切っていないので、鳥の鳴き声、木々が風で揺れる音が聞こえてきます。建物のなかにいるようで外にもいるような、多種多様なものとともにいるような空間でした。ウェザー・ワールドを深く感覚したのは、この体験なのかもしれません。

能作文徳/Fuminori Nousaku
1982年 富山県生まれ。2005年東京工業大学建築学科卒業。2007年東京工業大学大学院建築学専攻修士課程修了。2008年Njiric+Arhitekti勤務。2010年能作文徳建築設計事務所設立。2012年東京工業大学大学院建築学専攻博士課程修了。2012年より東京工業大学大学院建築学専攻助教。
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