March 23, 2015

第2回 バルパライソ ─瞳の奥の楽園─

2回目の今回は、チリ第2の都市バルパライソにおける開口部のあり方について考察してみようと思う。まずはこのバルパライソという街について簡単に説明する必要がある。"Valparaís=バルパライソ" はスペイン語の "valle=谷" と "paraiso=天国" が合体した言葉で、つまり直訳すると「天国の谷」という事になる。

チリの細長い国土の沿岸中央付近に位置し、内陸の首都サンチアゴから車で2時間弱。約200年前からゴールドラッシュに沸くアメリカ西部とヨーロッパをつなぐ寄港地として重要な位置を占め、街は大いに繁栄した。しかし1914年のパナマ運河開通と共に港としての権威は徐々に失墜し、今ではかつての栄華も100年にわたる太平洋の潮風によって色褪せてしまった。

しかしながら現在でもチリ最大の港湾都市であることに変わりなく、また同時にチリを代表する軍港でもある。沖合にはグレーの軍艦が鎮座し、沿岸には大型の貨物船がカラフルなコンテナたちが旅立ちを待ちわびている。そして山と海の間に横たわる幾らかの平地にかつての繁栄を匂わせる荘厳なコロニアル建造物が建ちならび、さらに背後にそびえるバルパライソの象徴ともいえる40の丘は、色とりどりの家々でびっしりと埋め尽くされている。

これら全てがスラムというわけではない。バルパライソのスラムは一般的に上に行けば行くほど貧しいとされている。丘によって裕福な丘、貧しい丘、観光の丘、危険な丘といったキャラクターがあり、場所に応じて家の工法や素材、そして佇まいも大きく異なる。たとえば、裕福なエリアで言えばまず土地を強固に造成し、平地をこしらえ、その上に立派で頑丈な住まいを設けるのだ。一方で貧しいエリアはと言うと、今にも崩れそうな木、華奢な鉄骨、あるいは粗悪なコンクリートで簡素なプラットフォームをこしらえ、その上にこれまた簡素なしつらえの木造の家を載せるのだ。

外装は多くの家がトタン張りで、そこに各々がカラフルなペンキを塗りたくりあのバルパライソ特有のカラフルなランドスケープの一員となっている。しかし、たとえしつらえが貧しくとも彼らは海を望むすばらしい眺望を有している。そして身分や貧富の差はあれど彼らのまなざしは大いなる海に向かっている。ちょうど前回のサンチアゴがアンデス山脈の甘美な稜線を所有するための水平窓がしつらえられていたように、ここバルパライソでは遥か彼方の世界へとつながる太平洋を抱くための四角い眼が開かれている。

しかし街を歩いていると、海への開放感とは裏腹に、通りの閉塞感に気づくことになる。家同士が隙間なくびっしりと壁のように建ち並び、それぞれの窓には堅牢な鉄格子がはめ込まれている。ラテンアメリカの中では治安が良いとされているここチリにおいて十分に注意を払わなければならない街のひとつがこのバルパライソである。街を歩いていると現地の住民に「カメラはしまいなさい」、「かばんに十分注意なさい」といった声がけをされる (基本的にチリ人はとても親切な人種なのだ)。

実際、僕も街中でカメラを強奪された経験もある。それも白昼の比較的開けた通りで。知り合いのチリ人カメラマンでさえもカメラを強盗にやられたと言っていた。こうした治安が社会的問題として深刻なエリアでは、日本の下町のような生活が外部に漏れ出すような親密な町の雰囲気を作り出すということは難しいのかもしれない。

こうしたバルパライソの開口部に対する2つの側面について、チリの偉大な国民的詩人パブロ・ネルーダ(1904-1973)は示唆に富む2つのフレーズを残している。

Valparaíso abre sus puertas

al infinito mar,

a los gritos de las calles,

a los ojos de los niños.

 

バルパライソはその扉を開け放っている

無限なる海に

通りの喧騒に

そして子供たちの曇りなき眼に

a oculta con cuidad los ojos que nos buscan y no vemos.

 

窓という窓は我々を見張るその目を用心深く覆い隠している。

そして我々が彼らの瞳をのぞき込むことはできない。

これらを踏まえて、今個人的に進めているバルパライソでの改修のプロジェクトについて少し触れてみることにする。

プロジェクトの敷地は、どちらかといえば貧しい丘に分類される斜面地だ。隣家は密着して建ち並び、ネルーダの言葉を借りればそれらの窓は用心深く目を覆い隠している。家のしつらえも土壁が崩れかかっていたり、トタンがはがれ落ちていたり、およそ褒められたものではない。しかしひとたび中に入ると豊潤な高低差がもたらす無限なる海への美しい風景を見せつけられる。そういう意味ではこの場所は非常にバルパライソらしい敷地なのだ。

ここでは前述のバルパライソの2面的な開放性を踏襲しながらも、その2面性を繋ぐような建ち方はできないかと考えていた、それもできるだけバルパライソ的な文脈を用いて。なので、海側は全面的にガラスの眼が開かれている一方で、通り側は既存の家に用いられていたトタンを型枠としてモルタルを打ち、波打つ無口なファサードをこしらえた。ただしアクセスの扉の引き戸は大きく開け放つことができ、その視線は内部の生活を通り抜け太平洋の水平線へとたどり着くことができる。これはバルパライソの街を歩いている際に、家と家の空隙に切り取られた美しい風景との出会いに依るところが大きい。

ここまで2回窓に関するコラムを書いたけれど、我ながらその内容は「窓から見える景色」という、理論性あるいは技術性に欠ける情緒的な内容に終始していると思う。しかし同時に、やはりそれが「チリの窓」を考えるということなのだ。東を険しいアンデスの山々に、西は打ちつける多雨併用の荒波に、北は果てしないアタカマ砂漠に、そして南は凍てつくパタゴニアの地には囲われた陸の孤島チリ。この最果ての地にたどり着いたモダニズムとチリを彩るマジカルなランドスケープの融合が、チリの建築シーンをおもしろくしているのだ。チリの人たちはそうした状況に敬意を払っている。そしてこの住宅でさえもランドスケープになるという環境に魅せられてはや3年。もう少しこちら側から海を眺めることにしてようと思う。

 

 

原田雄次/Yuji Harada 建築家。1986年神戸市生まれ。2008年横浜国立大学工学部卒業、2011年横浜国立大学大学院工学府卒業。2012年- Smiljan Radic(チリ、サンチアゴ)に師事