WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 ホンマタカシ連載 窓と写真

第二回 ニューヨークのウォーター・タンク

ホンマタカシ(写真家)

23 Jan 2017

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Photography

写真家ホンマタカシが自身の写真とテキストで切り取る、連載「窓と写真」。第二回目は、窓越しに見るニューヨーク、マンハッタンのウォーター・タンク。最新の写真とスケッチをお届けします。

 

ニューヨーク、マンハッタンのイメージってなんでしょう?マンハッタンは、ランドマークが多いので人によって違うかもしれません。エンパイア・ステート・ビルディングという人もいるでしょうし、セントラルパークやグランドセントラル駅、あるいはランドマークではなくて、サブウェイ(地下鉄)を挙げる人もいるでしょうし、路上で売っているホットドッグと答える人もいるかもしれません。

でも僕にとってマンハッタンの代名詞は、高層のビルディングの間にチラチラ見える、木の樽の給水タンクなんです。初めて海外に行ったのはかれこれ30年前で、それがいきなりニューヨークでした。バイトでカメラマンのアシスタントをしていた20代前半のホンマ青年は、初めての海外で、ロケバスの助手席に座りながら、マンハッタンのビルディングを口を開けて見上げてばかりいました。

当時話題だった、ブルース・ウェーバー撮影のカルバン・クラインの白パンツの男のデッカいビルボードが最初は目についていましたが、しばらくして目が海外に慣れると、タマにビルの上にちょこんと載っている、木の樽が気になってきたのです。

ドライバーのマイクだか、ニックだかに、つたない英語でビルの上を指差しながら、”what is that?”と聞きました。今なら、”what are they?”と聞けたかもしれません。マイクだか、ニックだかは、”what?”と面倒くさそうにしながら、僕の指差した先を見て、”water tank”と教えてくれました。

ドイツに、べッヒャー夫妻という写真家がいます。コンセプチュアルアーティストと言ったほうが正しいかもしれません。1990年のヴェネチア・ビエンナーレで、写真なのに彫刻部門として金獅子賞を受賞しています。彼らはアノニマスな産業構造物を、図鑑のように撮影してグリットで展示しました。現在のアートとしての現代写真に大きな影響を与えた人たちです。僕は彼らの作品の中でとりわけ給水塔が好きです。理由は分かりません。他の建造物とはなにか違って見えるのです。

僕は、初めて行った海外であるニューヨーク、マンハッタンに、その後数えられないくらい仕事やプライベートで訪れていろいろなホテルに泊まりました。そして、そのホテルの窓から見える、木の樽の給水タンクを見るたびに、「あーマンハッタンに来たな」と、毎回飽きずにそう思います。路上を歩いていると、それほど目立たないのですが、ある程度以上の高さのホテルに泊まると、そこには窓に切り取られた給水タンクが見えます。みなさんも次にニューヨークに旅行、出張したら是非注目してください。今回、調べてもらったところによると、ニューヨーク以外にも給水タンクはあるようですが、やっぱりマンハッタン、そしてブルックリンに多いそうです。そして、そのタンクはアンティークな飾りではなくバリバリ現役だそうです。ニューヨークの冬は寒いので木のタンクは凍結を防ぐ効果があるそうです。

木の樽のウォーター・タンクの佇まいに惹かれたのは、もちろん僕だけはなく、写真集を出した人もいますし(i)、アメリカの有名なペインターのエドワード・ホッパーも描いています(ii)。

(i)ニューヨーク拠点の写真家 Ronnie Farley は、木の樽のウォーター・タンク作品をまとめた写真集 New York Water Towers (KMW Studio, 2014)を出版している。

(ii)1920年代~1930年代のアメリカでは後に「プレシジョニズム(精密派)」と呼ばれる絵画様式が生まれ、都市の構造物を即物的かつ幾何学的な造形で捉えた作品が多く描かれた。20世紀アメリカの具象絵画を代表するエドワード・ホッパーが描いた都市の風景には、こうした絵画様式を取り入れた作品があり、それら作品の中には木の樽のウォーター・タンクを描いたものもある。

 

ホンマタカシ/Takashi Homma
1962年東京生まれ。2011年から2012年にかけて、自身初の美術館での個展「ニュー・ドキュメンタリー」を、日本国内三ヵ所の美術館で開催。写真集多数、著書に『たのしい写真 よい子のための写真教室』、2014年1月に続編の『たのしい写真 3 ワークショップ篇』を刊行。現在、東京造形大学大学院客員教授。

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