October 5, 2016

第3回 烏鎮・「景区」外の家 (前編)

上海からバスに乗って2時間、浙江省北部にある烏鎮(Wuzhen)という町に着く。ここは水郷の町として有名な観光地である。上海も含めたこのあたりは、中国古代文明を支えた、長江によってできた三角州上に位置している。そのため起伏はなく、縦横に水が巡り水郷集落が多く残っている。多くの中国人観光客にまぎれて、まずは僕も「アジアのベニス」と形容されるその観光地を目指した。

1300年の歴史がある烏鎮は、十字に走る川によって東西南北に分かれている。その中で「景区」(=景勝地、風致地区)と呼ばれる東西の区域は、政府による管理がなされ、多くの人で賑わっている。

僕が向かった「西柵」と呼ばれる西側の観光地では、元々住んでいた住民がすべて移住し、近隣に新しく建てられた住居に住んでいるのだという。つまり村の抜け殻の中に、飲食店や宿が入った場所なのであった。政府の観光政策だというが、その方法が良いのか悪いのかはわからない。ともかく、建物に罪はない。

  • 烏鎮、西柵の風景。もとの住民は既に移住し、建物だけが残る

ここには明・清時代の建物が残っているのだという。明は17世紀にまで遡るので、中にはかなり古い建物もあるのだろう。建物は川に張り出し、石の基礎によって水面に浮かぶその姿を見れば、ベニスといわれるのも納得である(もちろん船も行き来している)。構造はおそらく木造の軸組の間に「磚」(せん)と呼ばれる黒いレンガを積んで壁としている。川に面する外壁は建具を含めて木造である。観光客はそこから川を見つめ、かつての水郷生活に思いを馳せる。十数年前まで、ここに人が暮らしていたとは想像もつかない。

隣家との境に積まれた磚の壁は漆喰で白く塗られ、防火壁としてつくられた日本建築における「うだつ」によく似ている。窓や扉などの木製建具は、それぞれ違った透かし彫りの文様をもっている。開口部ごとに違う意味が込められているのだろうが、住民のいなくなった今は知ることができない。

  • 透かし彫りの窓や扉でいっぱいの壁面
  • 特徴的な磚(黒レンガ)の積み方と、過剰に重なる瓦

黒々とした磚の積まれた壁や、過剰なまでに重ねられた瓦なども、意匠としてはおもしろいが、やはり人の生活が見たくなって、ここから抜け出した。「景区」外である保存地区の周辺に住む人々は、現在どんな家に住んでいるのだろう。その中には、元々この水郷に暮らしていた人も多くいるはずだ。

「景区」から出るとすぐに、幅の広い道路にびっしりと立ち並ぶ地上3階建ての集合住宅が現れる。1階は主に店舗となっており、2・3階に人が住んでいるようだ。どうやらここが、現在の烏鎮の町並みらしい。木製建具はアルミサッシに取って代わり、同じ開口部が複製配列されている。

  • 「景区」を抜けるとすぐに、3階建ての建物がずらりと並ぶ

現在建設中の建物も多く、その構造はRC造の軸組にレンガの壁を建てたものであることがわかる。木造の軸組に磚(黒レンガ)造であったかつての水郷の家と、本質的にはあまり変わらないつくり方なのかもしれない。おもしろいことに、装飾と化した「うだつ」がここにもつくられていた。

  • RC造にレンガを組み合わせた新しい家。「うだつ」が装飾として表現される

建物の裏にまわると、川沿いには申し訳程度のヒョロヒョロとした木々が連なる。そこに洗濯物が干され、飲食店などの物置場になっている。雑然とした風景の中を歩いていると、中年の女たちは昼間から麻雀に興じている。川を隔てた隣は観光客の行きかう「景区」であることを考えると、それはおもしろい光景でもあった。だが、かつて水に親しみ暮らしていた人々の姿はそこにはもう見られない。

  • 川沿いの風景

この3階建ての建物以外にも、「景区」外には人々のリアルな暮らしの場が広がっている。こんなところをウロウロしている外国人は他にいないので、突然爺さんに声をかけられた。何も持たず、だらりと白いシャツに身を包んだ背の低い老人は、しきりに笑顔で話しかけてくる。ここの住民なのだろうが、中国に来て数日の僕には、何を言っているのか全くわからない。しかしこれはチャンスと思い、彼についていくことにした。指で数えられるほどの覚えたての中国語で、僕は何とかコミュニケーションを取ろうとする。こういう時はスケッチを見せるのが有効であるということも、この時初めて学んだ。建物に興味がある人間だということが伝わればよい。前日、宿の女の子に教わった「あなたの家」という単語を繰り返していると、ついに爺さんは僕を家に連れて行ってくれた。

田熊隆樹/Ryuki Taguma
1992年東京生まれ。2014年早稲田大学創造理工学部建築学科卒業。卒業論文にて優秀論文賞、卒業設計にて金賞受賞。2014年4月より早稲田大学大学院・建築史中谷礼仁研究室修士課程在籍。2014年6月、卒業設計で取り組んだ伊豆大島の土砂災害復興計画を島民に提案。2015年度休学し、東は中国、西はイスラエルまで、アジア・中東11カ国の集落・民家をめぐって旅する (台湾では宜蘭の田中央工作群にてインターン)。