WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 窓からのぞくアジアの旅

第2回 上海・窓から生える鉄の棒 (後編)

田熊隆樹

21 Sep 2016

見るものが決まると、足取りは一気に軽くなる。鉄の棒を探す旅のはじまりである。といっても、10歩も歩けばすぐに見つかる。さっそく、当然のように無数の鉄の棒が生えている集合住宅を発見した。鉄の棒の下には何台か車が停まっているが、落ちてきたりしないのだろうか、少し不安になる。

  • 無数の鉄の棒の下には、車が停まっていた

まるで産毛のように建物を覆うこの鉄の棒、実は洗濯物を干すための工夫なのだ。もちろん日本でも洗濯物を干すが、少し日本の風景を思い出していただければ、その違和感がわかるだろう。日本の物干し竿はベランダに、建物と平行に架けられるのが常だ。しかしここ上海では、窓際から垂直に、生えるように、それも2mほど飛び出ているのである。

この理由として、上海の住宅にベランダが少ないことが推測される。それは地価の高さ、土地の不足のあらわれである。この光景について、宿で出会った中国人の学生は「上海ぐらいでしか見たことがないよ」と教えてくれた。都市部が生む光景なのだろう。

  • 低層の「里弄 (リーロン) 住宅」にも生える鉄の棒

それでは、どのように、建物から生えているのだろう。もう少し詳しく観察してみた。

基本的には写真のように、ロの字型の鉄の棒を窓の下の外壁に直接取り付け、さらに針金で外壁から吊っている。よく見ると、それぞれ棒の種類・長さが違っており、住民のセルフビルドによって付け足されたものであろうことがわかる。ここに鉄製や竹製の物干し竿を5本ほど垂直に架けられるようになっている。確かに、この方向でないと窓から洗濯物が干せないのだ。

  • 鉄の棒の取り付けかた

さらに進むと、ベランダのある集合住宅を発見した。日本と同じ光景が広がっているのかと予想したが……なんと、ここでもベランダの先からさらに鉄の棒が生えている。どうやら上海人の洗濯物の干し方は、こうであるようだ。大きな集合住宅も、低層の住宅も、上海の窓際はこうして鉄の棒と洗濯物をまとっていたのである。

  • ベランダから、さらに生える

それにしても洗濯物の主張にはおどろく。派手な色 (なぜかピンクが多い) の布団や服、さらに下着までおかまいなしの世界である。上海に来てすぐ、「自分を主張しないと生きていけない」と感じたことと、無関係ではないのかもしれない。

やがて洗濯物は窓際を飛び出して、街路樹さえ占領しはじめる。街路樹にひもを渡して洗濯物を平気で干すさまは、楽譜の音符のように軽やかで、これでいいのだと感じさせてくれる愛らしさがある。

  • 街路樹へ軽やかに干される洗濯物

そして、この上海で発見した鉄の棒の飛び出るすがたこそ、住宅事情や人々の気質がにじみ出た、まぎれもない「上海の窓際」なのである。

上海に来たら、立ち止まって空を見上げてみてほしい。そこは魅惑の洗濯物世界、窓際にはみ出した生活の下で、木漏れ日ならぬ「布漏れ日 (ふもれび) 」があなたを照らしてくれるはずだ。

  • 立ち止まり見上げると、頭上には「布漏れ日 (ふもれび) 」が    

 

 

田熊隆樹/Ryuki Taguma
1992年東京生まれ。2014年早稲田大学創造理工学部建築学科卒業。卒業論文にて優秀論文賞、卒業設計にて金賞受賞。2014年4月より早稲田大学大学院・建築史中谷礼仁研究室修士課程在籍。2014年6月、卒業設計で取り組んだ伊豆大島の土砂災害復興計画を島民に提案。2015年度休学し、東は中国、西はイスラエルまで、アジア・中東11カ国の集落・民家をめぐって旅する (台湾では宜蘭の田中央工作群にてインターン)。

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