WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載ロンドン窓コラム

第2回 奥行きがもたらす生活の深み

川島奈々未(東京大学大学院)

08 Mar 2016

朝の空気が冷たくパリッとするようになり、サマータイムの終了がいよいよ秋の終わりを告げ、長い冬の訪れを知らせてくれた。ヨーロッパ各国で実施されているこのサマータイムという制度は、3月末から7ヶ月の間、標準時間を1時間進めるというもので、その起源は20世紀初めの英国人建築業者ウィリアム・ウィレットの提言に遡る。彼はある夏の朝、とっくに太陽が昇っているにもかかわらず、街の人々が家の鎧戸を閉めたまま眠っている状況を見て、せっかくの日光が浪費されているように感じたという。やがてウィレットは“The Waste of Daylight”と題したパンフレットを刊行し、標準時間の調整によって日照時間を有効活用することの意義を説いた。実際に制度として導入されたのはその十数年後の1916年のことであった。
第一次世界大戦が始まると資源の節約が英国政府の切実な関心事となり、石炭の消費量の抑制を目的として日光の活用が採用されたのだ。

  • ハイドパークもすっかり秋模様。夏には日光浴を楽しむ人々で賑わっている。

ヨーロッパの中でも比較的緯度の高い英国では、夏と冬で日照時間が2倍以上も違う。サマータイムは日の長い夏の季節に活動時間を早めることで、日光を浴びていられる時間をより長くする。そのおかげで真夏の夜は9時過ぎまで明るく、仕事を終えた人々はパブのテラス席でビールを飲んだり、スポーツに興じたりと遅くまで外での活動を楽しんでいる。今日ではエネルギーの節約よりも、明るい時間をできるだけ楽しむという意味で、サマータイムは人々の生活と深く結びついているようだ。こうして日光を無駄なく利用しようとする英国人にとって、住宅における窓もまた、日光をうまく取り込むための貴重な装置なのではないだろうか。そんなことを頭の隅に置きながら、今回は生活や文化という視点からこの街の窓について考えてみたい。

これはどこの風土においても共通して言えることかもしれないが、19 世紀の英国人建築家サー・ギルバート・スコットが書Remarks on Secular & Domestic Architecture: Present & Future (1857年) にて述べているように、建築における窓の基本的な役割は、採光 (light) ・換気 (air) ・景観 (view) の3要素から成る。彼によれば、窓に求めるべき性能とは、不必要に壁を切り取ることなく日光を取り込むこと、雨風を防ぎつつ換気を行うこと、外部の視線を遮断しながら景観を取り入れること、そしてこれらを達成した上で、さらに建築の総体に美的価値を付与することである。

  • スコットによれば、窓は採光・換気・景観の3つの機能を有している。

ただし、建築の長い歴史を振り返れば、窓は必ずしもこの3つの機能全てを同時に果たしていたわけではなかった。また、3要素のうち、採光の役割が生活に最も直接的な影響を及ぼすことを考えると、自然光に依存せざるを得なかった時代の人々にとって明かり取りとしての窓の持つ現実的要素は絶大であったに違いない。

同じく19世紀の英国人建築家ジョン・ラスキンは著書『建築の七灯』 (1849年) にて、光というものの概念の相違が、17世紀前半まで一世を風靡したゴシック様式とその後台頭した新古典主義様式の建築とを分け隔てたのではないかと分析している。

  • 英国のゴシック建築を代表するウエストミンスター寺院。
    11世紀に修道院として建立され、幾度もの改築を経て現在の形に至った。
  • 1939年にサー・ハーバート・ベーカーによって再建されたイングランド銀行本店。
    18世紀当初の新古典主義のデザインが継承されている。

前者では光の作り出す強い陰影に重きが置かれた。つまり、デザインの主体は影であり、全体の構成は影の形やプロポーションで決定された。一方、後者では、光はオブジェクトを隈なく照らし出すものとされ、空間が十分に明るいという前提のもとで、焦点はオブジェクトそのものに移った。この変化の背景には1680年代以降のガラスの性能向上や“sash window” (木製の上げ下げ窓) の生産技術の確立などが影響していると考えられる。

  • ロンドンの町並みで見られる典型的な上げ下げ窓

こうして光と空間に携わる二つの対極的な概念が、新古典主義運動を境にこの国における建築デザインの考え方を一変させたのだが、いずれにせよ自然光が当時の生活の中心的な要素であったことを物語っている。そして、電気照明の普及により、窓はその絶対的な象徴性を失うことになり、近代ではより実用的なツールとして発達してきたこともまた事実である。窓という装置は、時代ごとの思想や求められた機能に従って、その意義を変化させてきたといえるだろう。

さて、スコットの言う3要素とは窓の本質的な機能を述べたものであるが、空間的な視点から考えたとき、日常生活において窓はどのような意味を持っているのだろうか。前回のコラムでも触れたように、組積造の建築において窓を設けるということは、厚みのあるレンガの壁に穴を開けるということに相当する。再びラスキンの言葉を借りれば、その行為は、“the annihilation of the thickness of the wall” (壁の厚みの破壊) である。その「穴」に窓を取り付けたときに現れる壁の奥行き方向の断面を、英語で一般的に“reveal”と呼ぶのだが、その数十センチの見込みが窓まわりの空間に奥行きを感じさせてくれる。

  • 筆者の自宅の窓。組積造の壁の厚みのため深い“reveal”が生じる。

軸組構造の薄い壁の一部として存在する窓とは異なり、その奥行きは前景としての室内空間、中景としての窓辺の空間、背景としての屋外空間という複数の空間の重層を強調している。そして同じく壁の厚みの分だけ深さを持つ“window sill” (窓台) にはしばしば植物や置物が飾られ、ときには腰掛ける場所にもなり、窓は単なる採光や換気のための装置でなく、独立したひとつの領域として住宅の中に位置づけられているのではないだろうか。

ウィリアム・ターナーによる1枚の水彩スケッチ“At Petworth: Morning Light through the Windows”
は、窓が演出する空間の奥行きを感じ取ることができる作品である。窓から漏れ入る早朝の柔らかな光を表現しつつ、壁と窓という内外の物理的な境界の存在が見る者に空間の広がりを想像させる。左手に佇む2人の人物と右手に薄っすらと描かれた花瓶のようなオブジェクトは、中間レイヤーとしての窓の存在を際立たせているようにも思える。この絵の舞台となっているのは、ロンドンではなくイングランド南部の田舎の邸宅であるが、窓まわりの空間を解釈するにあたってひとつの手掛かりであることには変わりない。

  • At Petworth: Morning Light through the Windows, 1827, Joseph Mallord William Turner (1775-1851)
    ©Tate, London 2016.

もう一つ、絵画における窓の描かれ方からその空間的な特徴を探ってみたい。英国人アーティスト、デイビッド・ホックニーは1980年代よりコピー機を使ったアートを試みるなど、常に新しいメディアに挑戦し続けてきた。近年ではiPadのアプリを駆使した新たなスケッチの手法を見出し、いくつもの作品を発表している。iPadのスケッチはその手軽さゆえに、対象をより素早く、自然な状態で描くことができ、ホックニーの作品は自邸の窓の様子など、日常的な風景が多い。

  • David Hockney
    “Untitled, 8 June 2009, No. 2”
    iPhone Drawing
    ©David Hockney
  • David Hockney
    “Untitled, 7 August 2010, No. 2”
    iPad Drawing
    ©David Hockney

上のスケッチでは、窓台に飾られた花瓶が朝の日差しを浴びる場面が、鮮明かつ繊細に描かれている。彼のスケッチの見どころはまさに光の表現方法である。ここでは花瓶と花が細やかな光の変化を表現する媒体となっている。形を持たない日光というものを、物理的なオブジェクトを介して生活の中に取り込むという点でも、窓辺の奥行きは人々の生活にとって重要な意味を成しているのではないだろうか。

この街で生まれ育った英国人の友人に、彼女の自宅で一番気に入っている窓について聞いてみたところ、細やかな説明とともに1枚の写真が送られてきた。

  • 友人から送られてきた写真。飾られたオーナメントが生活感を感じさせる。

写されたリビングの上げ下げ窓は決して大きいとはいえないが、年間を通して部屋に明かりをもたらしている。室内に自然光の明かりと温もりを取り入れることは、心身の健康にとって非常に重要であると、彼女は熱心に教えてくれた。また、窓台には小さなオレンジの木や、彼女にとって思い入れのあるオーナメントがいくつか飾られ、背景に見えるコートヤードの木々の四季に渡る変化とともに、その眺めを日々楽しんでいるという。特に今の時期は、木の葉が美しく色付き、また、リスの家族がせわしなく冬の支度をしているのが見られ、季節の移り変わりが感じられるそうだ。

こうして彼女とやりとりをしているうちに、やはり窓というものがその基本的な機能以上に、心に豊かさをもたらす空間として、この街の人々の生活に馴染んでいるのだと確信するに至った。最終回となる次回も、この街の歴史に触れつつ、現地レポートならではのリアルな視点から窓の文化を紐解いてみたい。

 

 

川島奈々未/Nanami Kawashima 1991年ロンドン生まれ。2014年東京大学工学部建築学科卒業。卒業設計にて辰野賞を受賞。2014年4月- 東京大学大学院建築学専攻隈研究室修士課程在籍。2015年5月-Caruso St John Architects(ロンドン)にてインターンとして勤務。

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