WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 北欧の窓

第1回 光のための開口部

和田菜穂子(建築史家)

20 Sep 2017

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Architecture
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Essays

儚く、か弱いけれど、北欧の光には不思議な魅力がある。おそらく、移ろいやすいものだからこそ、北欧の人は太陽の光を特別なものとして、崇めているのではないだろうか。

筆者が北欧デンマークで暮らしたのは2006年から2008年の2年間。住んでみて、北欧のほとんどの家では窓にカーテンをつけないことに気づき、驚いた。家の中が外から丸見えでもお構いなし。むしろ窓辺に花を活けたり、置物を飾ったりして、室内インテリアを自慢気に見せているのである。しかし一番の目的は、太陽の光をなるべく多く室内に取り込むことにある。

北欧は統計的にみても曇天が多い。朝は雲ひとつない快晴だったとしても、午後から鉛色の空に変わることはしょっちゅうである。だからこそ、窓から真っ青な空が見えたら、「外に出かけよう!」という気分になる。地理的にも高緯度に位置するため、季節によって日の長さが極端に異なるのも北欧の特徴である。

太陽の光を大切に考える北欧の人と建築。

ここでは光と空間に焦点を当て、開口部から差し込む様々な光を紹介したい。

  • アルネ・ヤコブセン《ベラヴィスタ集合住宅》(1934年、デンマーク)

1.教会建築

北欧の教会は、外観はもちろん内観もいたってシンプルである。宗教画やステンドグラスを見かけることは少ない。「祈りの場」として必要最低限の空間さえあれば充分である、という北欧の慎ましい精神が読み取れる。

1-1.天井からの光

自然光が、時には天からの啓示のような役割を担うことがある。宗教建築を得意としたスウェーデンの建築家シーグルド・レヴェレンツは、光を劇的に扱うことに長けていた。《聖ペトリ教会》では天井に穿たれた細長いスリットから光の帯を挿入させ、薄暗い内部空間の床面に明暗のくっきりしたシャープな線を創り出している。

  • シーグルド・レヴェレンツ《聖ペトリ教会》(1966年、スウェーデン)

祭壇の上部から輪郭のぼやけた淡い光が降り注いでくる《イスレヴ教会》は、レヴェレンツの影響を受けたデンマーク人建築家エクスナー夫妻によるものである。あえて不揃いに敷き詰めた煉瓦ブロックによって、壁面はまるで光のカーテンが微弱に揺れているかのようにみえる。

  • インガー&ヨハネス・エクスナー《イスレヴ教会》(1970年、デンマーク)

デンマークの建築家ヨーン・ウッツォンは《バウスヴェア教会》内部に天空を創造し、光を操った。入道雲のように力強く立ちはだかるヴォールト天井。その合間から見える陰影のある柔らかな光。雲の合間から覗く一瞬の光を表現し、複雑な光の戯れに成功した。決して強くなく、淡く、儚い光。デンマーク人が空を見上げれば、いつもそこにあるものだ。

  • ヨーン・ウッツォン《バウスヴェア教会》(1976年、デンマーク)

1-2.縦長の光

縦長の窓は天に向かう垂直性を表現している。デンマークの伝統的な黄色の煉瓦をひとつずつ積み上げ、完成までに長い年月を要した《グルントヴィ教会》。外観はデンマーク特有の古い教会の形を継承し、パイプオルガンのような造形が特徴である。内部は凛とした佇まいで静謐さを湛え、連続する垂直の光が印象的である。

  • イェンセン・クリント《グルントヴィ教会》(1926年、デンマーク)

白に覆われたシンメトリーな《セイナヨキの教会》では、教会内部に、細長い窓が規則的に配置されている。フィンランドの建築家アルヴァ・アールトはいくつも教会建築を設計しているが、この教会は最も秩序を保ち、清楚で上品な空気感を纏っている。

  • アルヴァ・アールト《セイナヨキの教会》(1960年、フィンランド)

《カレヴァ教会》では、湾曲したコンクリートの壁が不規則に並び、その合間からランダムに光が差し込んでくる。祭壇後方にある、やや広めのガラス面の前には、十字架より大きい、インパクトのある木の彫刻が設置されている。不定形な平面と立面、複雑なデザイン等が空間に緊張感を与え、同時代に建てられた《セイナヨキの教会》とは全く対照的である。

  • レイマ&ライリ・ピエティラ《カレヴァ教会》(1966年、フィンランド)

2.住宅

北欧の建築家が住空間に印象的な光を挿入している例を紹介しよう。

《シュライナー邸》では、天井に沿うように横長の細い窓が光の帯を形成し、水平性を強調したデザインを生み出している。日中は自然光が人工照明のような役割を果たし、集中してまとまった光の束が住空間への侵入者に変貌している。

  • スヴェレ・フェーン《シュライナー邸》(1963年、ノルウェー)

《マイレア邸》では、壁の上にランダムに配置された瓦型のパーティションから、強い光が漏れている。壁の向こう側は書斎である。この印象的な光は、まるでピアノが奏でる音のように個性をもって、空間に動きを与えている。

  • アルヴァ・アールト《マイレア邸》(1939年、フィンランド)

デンマーク人建築家ヨーン・ウッツォンが晩年過ごしたスペイン・マヨルカ島の自邸《キャン・リス》。北欧とは異なる地中海特有のまばゆい光で溢れている。リビングルームにある縦長の細い窓は、「光の日時計」としては1日のうちたった数分間だけ光の束が室内に差し込んでくる。これはウッツォンの単なる遊び心のあるデザインで片づけてしまっていいのだろうか。それとも「光の日時計」として、何かを告げる象徴なのだろうかと邪推してしまう。

  • ヨーン・ウッツォン《キャン・リス》(1972年、スペイン)

3.公共建築

デンマークの建築家アルネ・ヤコブセンが設計したふたつの公共建築を紹介する。

5層吹き抜けの大空間はデンマーク第2の都市オーフスにある市庁舎のメインホールである。鋸歯型の天井に穿たれた連続する三日月型の天窓は、リズム感と高揚感を創り出し、市民に親しみと開放感を与えている。

  • アルネ・ヤコブセン《オーフス市庁舎》(1941年、デンマーク)

ヤコブセンの最晩年の傑作、《デンマーク国立銀行》のエントランスロビーである。縦長のスリットから差し込む光が向かい側の壁に照らし出され、まるで日時計のようにゆっくりと移動していく。無機質な外観に対し、内部空間は物語性があり、教会に似た雰囲気を持つ。建物内部に一歩足を踏み入れると、そのギャップに驚きを隠せない。

  • アルネ・ヤコブセン《デンマーク国立銀行》(1978年、デンマーク)

ここに紹介した空間に佇むと、太陽は常に動いていることを意識させられる。建築家は太陽の動きを計算し、ある一定の時間になると、空間に変化をもたらす操作を開口部のデザインで試みた。光を希求する北欧だからこそ、光を取り入れるための開口部のデザインにこだわったのだろう。北欧のモダニストたちは、機能の追求だけに留まらず、開口部のデザインによって空間に美しい物語を紡ぎ出した。

 

和田菜穂子/Nahoko Wada
新潟県生まれ。博士(学術)。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。神奈川県立近代美術館、コペンハーゲン大学、東北芸術工科大学、東京藝術大学、慶應義塾大学等に勤務。日本および北欧の近代住宅史が専門。著書『近代ニッポンの水まわり』『北欧モダンハウス』『アルネ・ヤコブセン』(以上、学芸出版社)、『北欧建築紀行』(山川出版社)。2016年10月に一般社団法人東京建築アクセスポイント設立。

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