June 28, 2016

第3回 アラブ世界研究所

ひとりの建築家が彗星のごとくこの世に現れ、人々を驚かせることがある。今回取りあげる建築、「アラブ世界研究所」もまた、フランス人建築家、ジャン・ヌーヴェルの存在を世界に知らしめた、初期の代表作である。国際コンペを勝ち抜いたヌーヴェルの提案は、あらゆる人々の度肝を抜かせたことだろう。前回取りあげたル・コルビュジエが窓を横長にぶち抜いてみせたのに対して、ヌーヴェルは建物の正面全身に、不思議な採光窓を纏わせた。意味と敬意と、美しさをもって。

  • photo: James Mitchell

まず、この建物の顔を眺めてみよう。大小さまざまな大きさの正方形の窓はアルミニウムで分割されながら、ビッシリと表面を埋め尽くしている。そしてその正方形たちにはそれぞれ、回転しながら開閉する羽根が仕込まれている。ちょうどカメラのレンズについている、絞りの羽根と同じような機構だ。しかもこれらの機構はひとつひとつ、実際に動く。光の強さに応じて、開き具合を調節できるようになっているのだ。

  • photo: joevare

この建物は1987年に、西洋とアラブ諸国の文化交流の場として建てられたものだが、ではなぜそんな建築において、そんなアクロバティックな機構が取り入れられたのか。実は、窓に絞り機能を仕込んだ正方形を連続させることによって、ヌーヴェルは同時に、アラブ世界の文化を象徴するアラベスク模様を纏わせているのだった。機能と文化、そして装飾性。何の凹凸もないただの大きな箱は、この饒舌な窓たちによって、一気に世界的価値のある存在感を示すことになった。

  • photo: Alvaro Millan

明るいほう、つまり外から眺めていたら、単純な銀白色の箱。しかし、この空間の中へと足を踏み入れる感動といったら、想像をはるかに絶するだろう。絞り機構の羽根たち、それらの重なり具合によってキラキラと差し込む大小無数の光たち、光のシャワーを一身に浴びる肉体…!

  • photo: Maria

ヌーヴェルが建築に乗せて世に放ったことは、絞り機構を並べたらアラベスク模様になった、という単純なワンアイディアではない。陰と陽、光と影の絶え間ない関係、その関係から得られる、プリミティブな生の喜び。こうした建築体験は、異文化の交流の場を語るにふさわしい、哲学ではないだろうか。

  • photo: Godjo Poyro

窓は、そこまでやるのだ。窓の歴史上、「アラブ世界研究所」を取りあげないわけにはいかなかった。だが、このまばゆいばかりの仕組みを纏った箱を、けんちく体操でどう表現できるのだろう? 私たちは試行錯誤した挙げ句、ひとつの絞りの機構を、全員で表現することとした。晴れ渡る空の下、何度も練習した全員が息を合わせて、ひとつのけんちく体操を行うさま。それはヌーヴェルが「アラブ世界研究所」に込めたであろう、多彩、多様なるものとの共存であり、私たち人間が永遠に繰り返すであろう、光との戯れ、そのものであった…のではないかと自負するのだが、いかがだろう。

体操協力: 加藤紗希、ビルヂング

 

 

田中元子/Motoko Tanaka 1975年、茨城県生まれ。高校卒業後、独学で建築を学ぶ。2004年、大西正紀と共にクリエイティブユニット「mosaki」を共同設立。2010年より「けんちく体操」の世界発信をスタート。同活動は、2013年日本建築学会教育賞 (教育貢献) を受賞。2014年、建築タブロイドマガジン『awesome!』創刊。同年より都会にキャンプ場を出現させる「アーバンキャンプ」を企画・運営。2015年より「パーソナル屋台」プロジェクト開始。主な著書に『建築家が建てた妻と娘のしあわせな家』ほか。
www.mosaki.com